申し子、断固拒否する


 二人きりになった部屋で、何か言いたげなレオナルド団長の視線を受けつつ、ソファに座りなおす。

 ……そんなに見ないで欲しいんですけど……。

 片手で口を覆った後、小さく首を振ったレオナルド団長は、ようやく口を開いた。


「…………フジカワ嬢。今後について陛下と話し合ってまいりました。申し子の存在は貴重で有用なため、よからぬ者に狙われる可能性があります。ですので、なるべく存在を伏せて、他国から移住してきた者という立場を装うのがよろしいかと思うのですが、いかがでしょうか?」


「はい、それで構いません。というか、あたしは貴族でもありませんし、普通に接していただけるとうれしいのですが」


「そうですか、わかりました。では、失礼して崩させていただこう。――ユウリ嬢とお呼びしても?」


「ユウリでいいですよ」


「では、私……俺のことはレオと」


「レオさん?」


 呼びかけると照れたようにうなずいたレオナルド団長は、眩しそうに目を細めた。


「もし誰かに何か言われたら、俺の名を出して、うちの他国の親戚という体を装ってくれて構わない。国の宝である光の申し子を、うちで囲うようで気が引けるがな」


「国の宝、ですか」


「そうだ。光の申し子は特別なスキルや才能を持つと伝え聞いている。だから国の宝と言われているんだぞ。今回の魔素大暴風後に、他の場所でも降臨の報告はあったのだが、詳細は伏せられていてどこにいるのか陛下もご存じない。降臨の報告をせずに囲っているところもあるかもしれないから、多分現在数名は存在するのだろうな」


 他にも異世界に来た人がいるのね。それは会ってみたい。

 あれ、でも、あたしみたいに何人もに光を見られて、発見される人ばかりじゃない気がするんだけど。誰にも気づかれずにこっちに落ちた人もきっといるわよね。なんで光の申し子ってわかるんだろう。

 私、光の申し子ですって自己申告なわけないだろうし。もしかして何か見分ける方法があるとか?


「あたしのようにわかりやすく現れる人ばかりではないと思うのですけど、光の申し子かどうかはどうやってわかるのですか? 嘘の申告もできません?」


「それが簡単にわかる方法がある」


 レオナルド団長は部屋の奥のデスクに回り込み、引き出しからなにかを取り出した。

 戻ってきて差し出されたのは、水晶だろうか透明の石がはまった銀色のシンプルなバングルだった。


「これは身分証明具となっている。何かあった時のために近衛隊で一つだけ準備しておいた物だから、このタイプしかないが我慢してくれるか。街の細工ギルドに行けば違うデザインやペンダントも売っているんだが」


「……いただいていいんですか?」


「もちろんだ。つけてみてくれ」


 ちょっと大きいと思いながら左腕につけると、手首の位置でちょうどいいサイズに変化する。


「大きさが変わった――?」


 驚くあたしに、レオナルド団長がおかしそうに顔をくずした。


「……ああ、そういうものなんだ。――あとこれが通行証だ。城内で通行証を見せるように言われたら、これを提示してくれ」


 そう言って、水晶を覆うようにパチリとはめられたのは、紋章が透かし彫りになった青いカバーみたいなものだった。


「この通行証は城外では見えなくなるようにできているからな。では、身分証明具の使い方を説明しよう。その水晶に働きかけるように頭の中で[状況ステータス]と唱えてみてくれ。自分にだけステータスが見えるようになる」


 バングルの水晶を見ながら([状況ステータス])と頭の中で言うと、水晶の上に半透明のスクリーンが現れ、文字が浮かび上がった。


 ◇ステータス◇===============

【名前】ユウリ・フジカワ 【年齢】26

【種族】人 【状態】正常

【職業】中級警備士

【称号】申し子[ウワバミ]

【賞罰】精勤賞

 ◇アビリティ◇===============

【生命】2400/2400

【魔量】50848/50848

【筋力】54 【知力】81

【敏捷】93 【器用】89

【スキル】

 体術 63 棒術 90 魔法 32

 料理 92 調合 80

【特殊スキル】

 申し子の言語辞典 申し子の鞄 四大元素の種

 シルフィードの羽根 シルフィードの指

 サラマンダーのしっぽ



 …………。


 【称号】がおかしい。申し子[ウワバミ]って!!


 ウワバミ。

 蟒蛇。大蛇、オロチ。大酒飲みのことを指す。


 頭の中をウワバミの定義がつらーっと横切ったけど!

 ない! ないわー!!

 うら若き女子のステータスにウワバミとかありえないわー!!


 思わずステータス画面を二度見したわよ。

 それでもウワバミの文字が変わることはなく、あたしは[状況ステータス]を絶対に誰にも教えまいと心に固く誓った。



 ◇



「見てもらえばわかると思うが、上側が身分証明にも使われる[状況ステータス]で、下側が[能力アビリティ]の現在値になる。どこかに『光の申し子』と入っていないだろうか?」


「称号のところに『申し子』とあります」


「ほう、そこに記載があるのか。――どうしてもというわけではないのだが……見せてもらうことはできないか? 「状況開示オープンステータス」と唱えてくれれば他の者も見……」


「 駄 目 です」


「……そうか」


 眉を下げ、わかりやすくしょんぼりする獅子。いや、ワンコね。ちょっとかわいい。


「この【称号】というのは他の人はどんなことが書いてあるんでしょうか」


「……称号なしと書いてある者がほとんどだ。爵位を持っていればそれが明記されている。俺の場合は『メルリアード男爵[国王の獅子]』と書いてある」


 国王の獅子ですって! かっこいいじゃないのー! こっちはウワバミよ?

 そう思ったらムカーっとした。もうレオナルド団長には本当に絶対に見せない。


「……ん? メルリアード男爵? レオさんは男爵様なんですか?」


「ああ、メルリアード男爵領を拝領している。だから本来ならメルリアード男爵レオナルド・ゴディアーニと呼ばれる身なのだが、面倒でな。近衛団ではだいたい元々の名のレオナルド・ゴディアーニで通している。他国の者にはわかりづらいだろうか?」


 ようするに、メルリアードっていうのは、地名? 的なものってことよね。

 メルリアード市長のレオナルド・ゴディアーニ氏。おっけーおっけー。


「なんとなくわかりました」


「そうか。では次の【賞罰】は、賞があれば賞を、犯罪を犯していれば罪名などが記されている。申し子のほとんどに、ある賞の記載があると聞いているのだが……」


「――精勤賞とありますね」


「やはりそうか。光の申し子たちは働き者ばかりなのだな」


 レオナルド団長は感心したようにつぶやいた。


「この国ではよく働き結果を出した者がギルドから与えられる賞なのだが、まぁご老人が受賞することが多い」


 働き者というのは間違ってないわ。先月は十五連勤したし。休日は二日よ。


「この賞を受けていると信用度が格段に上がる。職探しや融資が楽になるとてもよい賞なんだぞ」


「それはよかったです。この先のことを考えたらありがたいことです」


「――ユウリ、あなたは光を伴って現れたところを見られてしまったから、存在を完全に伏せておくのは難しい。先ほども言ったように、光の申し子と知られれば危険なことがあるかもしれない。が、そうと知って欲しがる職場も結婚相手もたくさんあるだろう。引く手数多あまただ。心配しなくていいと思うぞ」


 そういうものなのかな。なんだかこの世界は至れり尽くせりのようだ。異世界転移イージーモード。

 レオナルド団長もすごく優しいし。警備室でめっちゃ怖い顔してたけど。

 こんな上司だったら警備の仕事もやりがいがあって楽しいのかもしれない。元々、施設警備の仕事は嫌いじゃないしね。

 あ。でも、直属の上司は悪ダヌキか。だめだな。却下。

 やっぱ目指せスローライフ。


「次は[能力アビリティ]だが、こっちは開示オープンできないし、絶対に人に教えては駄目だからな。光の申し子は特殊で貴重なスキルを持っていると聞く。悪用されないように気を付けてほしい。どうしても聞かなければならないことがあったら、俺に言ってくれ。絶対に悪用しないと誓う」


 悪用って何されるの、怖い! 団長の真剣な目にコクコクとうなずいた。


「一般スキルは何を持っているかくらいは言っても大丈夫だが、何か聞きたいことはあるか?」


 ――――…………なんとなくわかるような気がする単語が並んでいるから、大丈夫かな。首をひねるようなのは特殊スキルで、これは言ってはいけないやつなのだろう。


「多分大丈夫です。後で何か出てきたらその時に聞きます」


「わかった。そうしてくれ」


 その後、ちょっと豪華な社員食堂という感じの食堂で、夕食をごちそうしてもらった。

 とてもシンプルな味付けで悪くない。とりあえず、ほっとする。

 異世界ものの小説で味が濃いとか薄いとかよく読んだから、ちょっと心配してたのよね。


 塩のみで焼いた牛肉は、肉の味が濃くて美味しいんだけどちょっと臭みもあって、胡椒コショウがあったらさらに美味しそうなのに……なんて思ってしまう。ニンニクとか大根おろしでも美味しいと思うのよ。

 野菜もドレッシングとかせめてちょっと油があるといいのに。

 もしかしてそういう物がない世界?

 ドイツパンに似た黒パンは好きだからいいとしても、これは自炊しながら調味料をどうにかした方がいいような気がする。


 明日は住民登録をしにレオナルド団長と街へ行くという予定になり、今晩泊まる部屋へ案内してもらうと、なんと王城の客間だった。

 すっごい豪華! 豪華すぎて語彙ごいが死ぬ!

 シャンデリアはキラキラと輝き、天蓋てんがいベッドはレースがふんだんに使われ、テーブルにはピンク色のバラが飾られている。絵に描いたようなお城のお部屋よ。

 侍女さんが三人も控えていて、ようこそいらっしゃいました。とあたしは楚々と迎え入れられた。

 馬鹿みたいにパカっと口を開けて呆けているところを、団長に見られ笑われた。


「ゆっくり休むといいぞ」


 こんな豪華な部屋で落ち着いて寝れるかな。

 死んだり死んでなかったりいろんなことがあった日だった。

 あたしは思っていた以上に疲れていたらしく、用意されていたお風呂に入って大きなベッドに横になったら、その晩はもう起き上がることはできなかった。





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