申し子、やっと神様に会う
その夜、夢を見た。
「遅くなってすまんのう」
そう言ったのは、ぴかっとした頭の下には目を覆う白い眉毛、長い白いヒゲをたくわえて杖をついたおじいちゃん。もしかしてこのお方は――。
「――神様でしょうか?」
「そうじゃのう、そういう言い方をする者もおるかの。この姿もおぬしがわかりやすい姿になっておるはずじゃ」
人によって見える姿が違うのね。
それにしても異世界転生や転移の神様と言えば、移動の前に出てくるものだと思ってたわ。
ああ、だから、遅くなってすまんってこと?
不思議に思っていると、神様は
「本来なら向こうの世界から移ってくる時に話をするんじゃが……おぬしが気を失わなかったものでな。こうも気丈な者はなかなかおらんのう。ふぉふぉふぉ」
……なんかすごく恥ずかしいんですけど……。
「さて、悠里よ。おぬしは向こう世界では亡くなったことになっておる」
「……そう、ですよね……。五階から落ちましたからね……」
「高さがあったからわしも間に合ったのじゃ。せっかくの働き者で健やかな魂がなくなってしまうのは惜しいからの、わしが途中でつかまえてこっちに連れてきたのじゃ。向こうで落ちたのはそっくりに作った人形じゃよ」
「え……。では、あたし死んでないのですか?」
「そういうことじゃな。向こうの世界での命運は尽きてしもうたからのぅ、もう戻ることはできないがのう」
死んだと思ってたから、戻ることは考えてもいなかったけれども。
神様にはっきりと命運尽きた戻れないと言われると、全身が冷えていくような感じがした。
……やっぱりそうなのね……。
こうなってしまったら、親が先に亡くなっていたのはよかったのかもしれない。娘の死なんてことを経験させずに済んだ。弟も成人しているし、あたしがいなくてもなんとか生きていくだろう。
「まるっきり知らぬ世界に連れてこられて、おぬしも戸惑っていると思う。じゃが、こちらもわしが大事にしている世界じゃ。もう聞いたとは思うがの、この国は大変な災害のせいでちいと弱っておる。おぬしの力で元気づけてやってくれんかのう」
「……あたしで力になれるのなら。何をしたらいいのでしょうか」
「おぬしは好きに生きてよいのじゃ。申し子が好きに生きるだけで国は活性化する。だがまぁ、しいて言うのなら――申し子というのは望まれて遣わす子という意味じゃ。わしは拾った者をこの世界に連れてはくるが、行く先を決めるのはこの世界なのじゃ。その者を一番欲している場所が、受け取っているのじゃよ。だからの、今おる場所は、おぬしを望んだということじゃな」
さっき冷えた体が、お腹の中からじんわりと暖かくなってくる。望んでくれた誰かが何かがいるんだ。それを聞いただけで味方がいてくれるような気がした。
「……なんか、うれしいです。こっちでもやっていけそうな気がします」
「そうか、そうか。いくつかぷれぜんとも持たせてあるぞ。きっと役立つ力のはずじゃ」
「特殊スキルのことでしょうか? よくわからない単語が並んでいたような……」
「こちらではそう呼ばれていたかもしれないのう。言語が不自由しない力、物をしまっておける場所、他はおぬしの能力に合わせて使いやすいものが付いているはずじゃ。あとは――すまほとかいう道具も使えるようにしてある」
「え?! スマホ使えるんですか?!」
「元の世界の電波やらえねるぎぃとかいうのが魔素で代用できたのでのぅ。まぁ、えすえぬえすとやらは無理じゃぞ?」
「ぶっ……神様、SNSなんて今風のものを知ってるんですか」
「ふぉっふぉっふぉ。わしゃ、今どきのぴちぴちじゃ」
異世界でスマホが使えるなんて、思ってもみなかった。
読んでいる途中の小説たちもまた読めるってことよね。うれしい。
異世界で異世界小説読むなんてすごくない?
「それと、着ていたものと腰に付いていた棒は、人形に持たせてしまったからの。こっちの世界風のものに変えておいたぞ」
ああ、そういうことか。それはよかった。制服も警戒棒も管理が厳しいから、置いてきたなら安心だ。
あのモヤ付きの棒は、こっちの世界風ってことなのね。見た目はアレだけど、呪われているんじゃないなら、まぁいいわ。
そうだ。この際にアレも言っておこう。
「神様、あの称号なんとかなりませんか?」
「称号? はて、なんのことかわからんが、状況などはおぬしのそのものの状態のはずじゃ。そこはわしの力が及ばないところじゃのう」
いやぁぁぁ!! アレがあたしの元々持ってる二つ名とか!! ない!! ないわー!!
「じゃがの、確かその辺は状況の変化によってかわるはずじゃ。気にせんでよい」
そうなのね……。なら他の異名がつくようにがんばるか……。
「では、そろそろわしは帰るぞ」
「あっ……あの、一つお願いが」
「なんじゃ?」
「あの二人が……もし気にしていたら、苦しまないようにしてほしいんですけど……」
神様はうんうんとうなずいた。
最後に見た二人の驚愕の顔が思い浮かぶ。
二人とも殺意はおろか悪気だってなかった。あれは事故だった。
だから、自分自身を責めたりせずに生きていって欲しい。
あたし生きているしね。
明日は何があるんだろうって、楽しみにしていたりする。
「承知したぞ。ではの、悠里。達者で暮らすんじゃぞ」
「……はい。神様、助けてくれてありがとうございました。――――あたし、やっぱりもっと生きられてよかったです」
神様は目も口も見えなかったけど、にっこりと笑ったのがわかった。そしてふわっと煙になるように消えていった。
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