【本編完結】警備嬢は、異世界でスローライフを希望です ~第二の人生はまったりポーション作り始めます!~【Web版】
くすだま琴
第一部 王都ライフ
第一章 王城居候編
申し子、落ちる
転落事故であたしは死んだ。多分。
半年に一度、
本社ビルの会議室で座学座学座学と五時間。
基本動作の確認も一通りあるけど、ほんのちょっとね。
不審者対応の実技練習とか、もっと多くてもいいと思うのよ。施設警備って、時々変わった人を相手にするから。
この現任研修、違う場所へ配置されている同期と会えるのがちょっと楽しみだった。
今回も、二歳下で同期の
先月は休みが二日しかなかったし残業もかなりあった。人が足りないのはわかるから仕方ないけど、帰りに一杯飲んで憂さ晴らしくらいしてもいいと思うのよ。
どこに飲みに行こうかなぁ。
本社にきた時じゃないと行けないお店も多いから、悩む。
スペインバルとかオイスターバーとか、地鶏の串焼きで一杯もいい。
そんな想像でニマニマしていたのに、昼休憩になった途端。
「未希。ちょっと、顔貸しなさいよ」
「望むところよ」
と、二人は外の非常階段へ出て行ってしまった。
もちろんあたしも後を追って外に出る。
あなたたち仲悪かったっけ?
思い出そうとしてみても、配属場所が違う人たちの話はなかなか耳に入らないものだし、前回いっしょになった時は普通に飲みに行った記憶がある。
ビル風吹きすさぶ本社ビル五階の非常階段。なんかもう嫌な予感しかしない。
「あんたエリアマネージャーとデートしたって言いふらしてるらしいじゃないの」
「言いふらしてるってなによ。ええ、デートしたわよ。ご飯食べに行ったわ。それがなに?」
「ただ休憩時間に食事に行ったくらいでなんでデートとか言ってんの?! あたしだってそんなの行ってるわよ! 彼女気取りもいい加減にしてくれない?!」
ほほぅ、エリアマネージャーの取り合いってことか。
彼ねぇ……仕事を円満に進めるためにって、食事しながら現場の話聞いてくれるのよね。社食でだけど。
感じもいいし最近は頼れる男っぽくなってきたし、モテるのもわからなくはない。あたしはもっと筋肉ついてる方がいいけど。
「前からあんたのことは気に入らなかったのよ!」
「あんたこそ目障りなのよ! ブス!」
どんどんヒートアップする二人に、割って入ったのが良くなかった。
「まぁまぁ、二人ともそんなに熱くならずにね。ここ外から丸見えだし、五階だし危ないから中で落ち着いて……」
「うるさい!」
「悠里さんはひっこんでてください!」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ……!」
三人で揉み合ったはずみに、勢いよく後ろへよろめいた。
体を支えようと手すりによりかかろうしたけど勢いがあり過ぎて、あたしは下り階段の柵に背面飛びを決めていた。
あ――――――――。
ドサッと体が地面に叩きつけられる。
死ぬ死ぬ死んだ! 死んだから! 痛いのは嫌……!!
お尻から落ちてギュッと目をつぶって丸まっていると、上から声が降ってきた。
「――――ねえちゃん! 大丈夫?!」
「大丈夫じゃな……ん……?」
「ねえちゃん! 起きれるか?! ここ馬車が通るから寝てると危ないんだよ!」
必死な声に目を開ければ少年が見下ろしていて、目を開けたあたしを確認すると腕をひっぱって起こした。
「立てるか?!」
「……大丈夫、かも」
腕を取られて、壁沿いの木立へと連れて行かれる。
「ここなら安全だ。座って休んでも大丈夫だぞ」
木陰になっている芝生の上に座り込むと、さっきあたしが倒れていたあたりを本当に馬車が通っていった。危ないところだった……!
馬車はその先の空きスペースで停まった。他にも馬車が何台か並んで停まっている。駐車場……いや、駐馬車場?
手入れの行き届いた広い広ーい庭。
美しい芝が生えそろい、馬車の通り道にはウッドチップ、それを挟み込むように石畳が敷かれており、ロータリー中央では噴水がキラキラと水を振りまいている。
その向こうに、お城のような大きく立派な石造りの建物が建っていた。
前側の低めの棟が背後の高い建物に繋がり、その中央の三角屋根が空へそびえ立っている。
これ夢?
転がった時に打ち付けた腰やお尻は痛いから、夢ってことはないと思うんだけど。
あたし、さっき五階から落ちたわよね。ちょうどあの建物の最上階くらいから。そりゃ死んだでしょ。だって、五階からよ。二人ともすごい顔して見てたもの。ほんのちょっと前のことだし、覚えてる。
ってことは、もしかして天国? そうか、死んでも痛みってあるものなのね。っていうかそれ地獄?
そろそろ現実を見よう。
ここ一体どこよ――――?
ちらちらとあたしを気にしながら立っている少年に、声をかけてみた。
「……ねぇ、キミ。さっきはありがとう」
話しかけられると思わなかったのか、びっくりした顔で恐る恐る近づいてくる。地獄の
背の高さや顔の雰囲気からすると中学か高校生くらい。
髪の毛は短く刈られ、柔らかそうな白い開襟シャツに茶色のボトムというこざっぱりとした格好をしている。
「……いや、いいんだけどさ。ねえちゃんこそ、大丈夫か? さっき馬車路の上が光ったと思ったらねえちゃんが出てきてさ。あれ、どういう魔法なんだ? この王城には魔法で転移できない結界が張ってあるのに」
魔法! 転移! 結界!
異世界ワードがいっぱい出てきたわよ!
あたし異世界転生した?! 悪役令嬢なの?! 手を見れば、短く切った色気のない爪にかさかさ指の見慣れたものだし、服はなぜか見たことないシャツとパンツ。どう見ても悪役令嬢という感じではない。
じゃ、召喚なの? 聖女ってガラではないけど、やぶさかじゃないわよ。
「……あたしにも何がなんだかわからないんだけど……ここはどこ?」
「ここはレイザンブール城の前庭だよ。オレは
「あたしは富士川……悠里よ。ユウリ」
「ユーリか。ユーリはどこから来たんだ?」
「どこって……日本って国だけど」
「ニホン……? 聞いたことないな」
まぁ、そうでしょうね。あたしも、レイザンブール城なんて聞いたことないもの。
一瞬視界が
お寺の天井に描かれている竜とか麒麟とかそんな感じの生き物。
ポカンと口を開けて見ていると、ルディルも上を見て笑った。
「あ、野良の飛竜だ。この辺にいるの珍しいなぁ」
「のらのひりゅう」
「他の国から来たなら知らないかもしれないけど、街の外は結界がないから竜を見たら木の下とかに隠れないとだめだぞ」
「えっ、そうなの? あそこから襲ってくるとか?!」
「いや、フンが降ってくるから」
「ふんがふってくる」
「当たりどころが悪いと死んじゃうからな」
……マジか。
確かにあの高さから落ちてきたらただじゃすまないかもしれない。
空飛ぶ竜自体を受け入れられてないのに、フンの落下の加速度について考える妙に冷静な自分がいた。
一体これはどうなっちゃっているのか。
途方に暮れながら、あたしは小さくなっていく飛竜をただ目で追っていた。
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