狼少年

 血が滴る音がする。それは自分の近くで鳴っていた。

 何かを咀嚼する音が聞こえる。それは自分が何かを咀嚼していたからだった。

 我に返ったときにはもう遅かった。僕は急いで飛びのくが、目に映るのはどこかの誰かの肉片と血だまり。その血だまりには、鈍く映る自分の、自分とは言い難い姿が映し出されていた。

 「やっと見つけたよ。狼」

 背後から声がかけられた。僕は反射的にその声のした方向へ素早く振り向くと、自分の指先から生えていた鋭い爪の先で、その主の頭部の切断を試みる。

 しかし、切断されたのは僕の毛むくじゃらの腕だった。

 洞窟の中、自分が発した断末魔が甲高く響く。

 「ッあああああ!」

 「滑稽だね。君が殺したその目の前の人も、君みたいな苦痛を感じて死んでいったんだよ?」

 「ちッ、違う!僕は殺したくて殺したんじゃない!毎晩気付いたら誰かを殺してしまう、意志と関係なく!お前に何が分かる!?」

 目の前の、とても僕の腕を切り払ったとは思えない少女は、にこやかに笑う。

 「そう、じゃあ無意識なら人を殺していいのね」

 いつかは報いを受けることになるとは思っていた。人を殺したことに変わりはない。僕の事情なんて他人はどうでも良くて、周りから見れば僕はただの恐ろしい獣だった。

 「頼むよ。本当は僕だって静かに生きたいんだ。ただ、他の人と同じような生活がしたかっただけなんだ」

 「なるほど。君は、人間に憧れていたんだね。でもさ」

 彼女は僕に、その血濡れた大鎌を振りかぶる。僕は何故かそれが、とても綺麗に見えてしまった。

 「君を暫く観察してきたけど、君は全くもって人であれた瞬間はなかったよ」

 鎌が振り下ろされた。視界が自身の血で曇ってゆく最中、ようやく興奮から覚めた僕はこれまでを想いふけっていた。

 そうだ、人間に憧れていただけで、僕は一瞬たりとも人であれたことはなかった。この毛皮も、長い牙も、引っ込んだことなんてなかったんだ。

 「ありがと」

 「どういたしまして、というのが正解なのかな?」

 無いものに憧れを持つ。それは僕みたいな獣にも与えられた資格だった。でも、それに伴う責任も、僕が請け負わなければいけない宿命だった。

 「おやすみ狼、次は身の程わきまえるんだぞ?」

 「うん、おやすみ。名も知らぬ人」

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