第337話 遅刻しそう

見物客なのか野次馬なのか

かなりの人数が俺たちを遠巻きに囲っているこの状況で刃物を持った男が東雲さんへ襲い掛かる!!



しかし、この場には名前持ちが4人もいる

そんなタイミングの悪い時に襲わなくてもいいだろうと、思わなくもない


襲い来る悪漢に対して、東雲さんは……固まっていた?

なんで⁉


早く避けるなり、構えるなりしないと危ないよ⁉


東雲「い、いやっ……」

怯えて、る?

マジか……


南城「春香!」

堀北「ええ!」


南城さんが颯爽と前に出て刃物男と対峙する

堀北さんは東雲さんを庇うようしつつ、横へズレる

それを見習って、仁科さんもひょこっと動く


衆人環視の中

「邪魔をするなーーーーーーー!!!!」

南城さんに斬りかかるが、そんな単純な動きじゃ当たる訳もない


南城「はぁっ!」

振り下ろされた手首を掴み、相手の勢いを利用して投げ技を披露する

ドンッ!

一回転してアスファルトに叩きつけられて、肺から空気が抜け咽る刃物男

メチャクチャ痛そう……


「ぐぅっ……ひぃ……はぁ……」

背中を強打して、満足に動けなくなったみたいだ

これで、安全になったかな?

周りを取り囲む野次馬が拍手を送る


南城「ふぅ、素人で良かったぁ~……」

流石、南城さんだな

全運動部の助っ人を受けてきただけある


俺「南城さん、おみごと」

武器を持った男を倒すなんて、普通できないよ


南城「うん!……でも、何でいきなり襲ってきたのかな?」

そりゃ、元アイドルを怨むのなんて元ファンくらいだろうし

何故怨むのかなんて、アイドル辞めたからでしょ?


「俺が……応援してやったから……人気になれたんだ……なのに、なのに……!」

あ~、やっぱりね

コイツは……完全に勘違いしてるな

教えてやらないとな


俺「確かに、アンタみたいに応援する人がいるから東雲さんはアイドルとして成功できたんだろうけどさ。でも、それはアンタ一人の力じゃないし一番頑張ったのは東雲さん本人だろ?」

オタクとして、同士へ説教させてもらうけど


俺「その頑張りを認めてあげるのが、ファンじゃないの?惜しむ気持ちは良いけど、恨みつらみは良くないよ。自分が辛いからって、大好きなアイドルを傷付けていい理由にはならないだろ?」


「お前に……何が分かる……お前みたいなリア充にっ、俺達の事なんて分かるわけ」

リア充?


俺「勘違いすんな。俺はオタクそっち側だ」

ぱっと見はリア充っぽいけど、違うからな?


「はぁ?美少女アイドルと一緒に登校するようなヤツがオタク俺達側な訳ないだろ!ヲタを舐めるなよ!」

やべ……改めて考えると、その通りすぎてぐぅのねも出ないな


俺「あ~……これには訳があって、話すと長いんだけど」

どうするかな

上手く説得して、今後危害を加えないように約束させようと思ってたのに……


「お前らリア充の言葉なんぞ、聞く価値なんてない!」

あ~、もう!

聞く耳持ってくれなくなったか


南城「ねぇ、リア充とかオタク?とか何でそんな線引きするの?」

え?

そりゃ、住む世界が違うからだけど

何て説明すれば分かりやすいかなぁ……


俺「えっと、川魚っているじゃん?」


南城「え?うん」


俺「川魚ってさ、基本的には海で生きられないんだよ。その逆も同じで海の魚も基本的には川じゃ生きられないんだ」


南城「へぇ、そうなんだ」


俺「うん。それがリア充とオタクにも適応されるんだよ。オタクはリア充側と混じれば(個性や趣味が)死んでしまう。リア充側の意見は知らないけど、オタクを快く思ってない人が多いからね」


南城「そうなの?私は、オタクじゃないけど君が好きだし一緒に居たいって思うけど……」

う~ん……そうだね

恋愛の場合は、また違ってくるんだろうね……


「チッ、リア充爆発しろ……」

なんか、ごめんな


俺「えっと、もう二度と東雲さんに襲い掛からないって約束できる?」

じゃないと、大変な目に遭うかもしれないけど


「約束?ふざけるな、そんなものする必要も守る必要もない!!」

言うと思った……


俺「そんな事言ってると」

抹消されちゃうぞ

名前持ちを護る世界の摂理は、変えられないんだから……


「存在が消えるなら、都合がいい。もう俺は生きて行く気力なんてないんだ……。いっそこのままこの場で」

自暴自棄になってるな……


東雲「待って、そんな悲しい事言わないで」

ん?

東雲さん?


「いいんだ……俺なんて、何の価値もないんだ……もう生きてたって」

ほっといたら自殺しそうだな

このままじゃ学校には遅刻するし、自殺を止められないし

イヤな一日になりそうだ


東雲「ごめんなさい!貴方って確か、いつもライブ来てくれてた人よね?」

まぁ、熱狂的なファンみたいだしライブには行ってそうだな


「うん……毎回欠かさず行ったよ、最後のライブだって」

やっぱ、行ってたんだな


東雲「あの日は最前列、中央よりやや右よね?」

んん⁉


「え……?なんで」


東雲「まだ人気のない底辺時代から、ずっと応援してくれてる人よね?」

え?

マジで?


「そう、だけど……なんで?」


東雲「たった数人のお客さんの中に貴方が居たの覚えてるから」

マジかよ⁉

すげーな……


「そんな、本当に……?」


東雲「ええ。本当にごめんなさい。貴方たちを裏切るつもりなんて、なかったの……」


「そんな……俺なんかの事、覚えて……」

おい、そこ

嬉しそうにするなよ……


東雲「実は私ね……学校に憧れてたの。楽しそうに友達と話して、部活で汗を流したり帰りに寄り道したり。そういう事、やってみたかったの」

そう言えば、東雲さんっていつからアイドルだったんだ?


「そんな事……」

当たり前の様に過ごしてきたよな

それはオタクでもリア充でもあんまり変わらない


東雲「そう。そんな普通の事をする為に、私は一度アイドルを捨てたの。これが貴方たちにとって裏切り行為だった……そこまで考えが及ばなくて、ごめんなさい」

キッチリと頭を下げて、襲い掛かってきたヤツに謝罪する


「そっか……もう、俺が応援してたアイドルは、居ないんだ……」

襲った相手に謝られて、毒気が抜けたのか

やっと落ち着きを取り戻したみたいだ


東雲「ごめんない。待っててほしい、なんて言えないけど……必ずまた私はアイドルになるから、もし気が向いたらまた応援してくれるかしら?」

必ず、復帰するって事か

それはそれで、大変だろうなぁ……


「あ~あ……俺、何やってんだろ……こんな騒ぎ起こしてバカじゃん……推しが居なくなったなら、また探せばいいだけなのに」

推し変、でいいのか?


「今度は、そうだな……一度辞めてから復帰した、出戻りアイドルでも探そうかな……何年かかるか分からないけど、2~3年以内には見つかるだろ?」

ああ、なるほど

そうだな


俺「きっと見つかるよ。もしかしたら、2年以内に」

だって、1年ちょっとで卒業のはずだし


「だな……ん?やっと警察お迎えが来たみたいだ。ほら、早く行きな。ここに居たら事情聴取とかされて遅刻しちゃうぞ」

それは、面倒だなぁ


俺「よし、学校行こう」

この人は、もうほっといて大丈夫みたいだし


南城「うん」

堀北「急がないと間違いなく遅刻ね」

仁科「何かよくわかんないけど、丸く収まった?」

東雲「遅刻なんてしたら、江藤に怒られちゃうわ」



警察官が到着する前に、俺達はその場を離れる事ができた







本当にギリギリ遅刻はしないで済んだけど、危ない所だった


余裕なんて全くなくて、教室に着いた時には堀北さんと俺はヘトヘトになっていた……


仁科さん、案外元気だな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る