第85話 パンを咥えて登校

どれくらい時間が経っただろうか

日の出前のまだ薄暗い時間帯

堀北さんはスッとベッドから出て、部屋を出て行ってくれた……

やっと……やっと眠れる……

緊張していたせいで強張った体を解しつつ

俺は眠りにつく


すぐに起きなきゃいけない時間になるとしても、少しだけでいいから眠りたかった










薄っすらと聞こえる目覚ましのアラーム音

止めて……起きなきゃ……でも……あと5分……

ピタッとアラーム音が止まる

ああ、もう少しだけ……もう少しだけ



サラサラと

誰かが頭を撫でてくれてる……?

心地いい

もう、このままずっと眠って……


……ん?

でも……誰だ?

いったい誰が俺を撫でてるんだ?

強い睡魔に必死の抵抗を試み、重い瞼を上げる

最初、視界はぼやけていてそれが誰なのか判別できない

数回瞬きを繰り返し、しっかりと相手を見る


堀北「ふふ、やっと起きたわね。おはよう」

え……?

堀北さん……?


俺「お、おはよ……」

あれ?


堀北「よく眠ってたわね」

まだ眠いんだけど


俺「えっと、何してんの?」

ダメだ

寝起きで頭働いてない


堀北「何って、起こしにきたのよ」

起こしに?


俺「わざわざ堀北さんが?」

いつもなら妹が真っ先に起こしにくるのに……?


堀北「ええ、眠いならもう少し寝る?」

あ、うん……寝る……

時間確認して、どのくらい寝れるか確かめないと……

6時半……?見間違えかな?

たしか目覚ましは6時にセットしてあったはずなんだけど……

時計壊れちゃったかな?


俺「堀北さん、今何時?」


堀北「6時33分ね」

……⁉


俺「……なんで」


堀北「なんで?」


俺「何で6時半!?もう起きなきゃダメじゃん!!」

てか、急いで支度しないと遅刻するよ⁉


堀北「あら、起きちゃうのね」


俺「急がないと遅刻だよ⁉」

急速に思考が明瞭になる


堀北「そうね。でも遅刻の罰か君の寝顔か、二択なら勿論君の寝顔をとるわ」

何言ってんの⁉


俺「いや、遅刻はダメだよ⁉」


堀北「そう?私としては一緒に遅刻しても」

もっとダメだよ!

一緒に遅刻とか意味わかんないよ⁉

変に勘繰られたら面倒でしょ⁉


俺「絶対にダメだよ⁉」


堀北「仕方ないわね。完全に起きちゃったみたいだし、遅刻しないように私も支度してくるわね」

堀北さんは残念がりながら部屋から出て行った……


俺「俺も早く支度しないと……!」

寝間着をベッドに脱ぎ捨てて制服に着替える

カバンの中身を確認して、不足がないかチェックする

よし、ノートも教科書も筆記用具も問題なし!

カバンを肩にかけて部屋を出てリビングへ向かう


リビングには母さんが一人だけで、妹はいなかった


俺「母さん、おはよ」


母「やっと起きたのね?」


俺「うん。妹は?」


母「もう学校行ったわよ?」


俺「早いな」


母「友達と約束してたんですって」


俺「そうなんだ」


母「それより、朝ご飯どうする?食べてく?」

朝飯かぁ

時間無いし、抜きかなぁ


堀北「おはようございます!」


俺「あ、堀北さん」


母「はい、おはよー」


堀北「すいません。中々起こせなくて」


母「こっちこそ頼んじゃってゴメンね~。普段ならすぐ起きるんだけどねぇ」

堀北さんが起こしにきたのは妹がいないから、母さんが頼んだのか


俺「母さん、堀北さんそんな事頼まないでよ」

恥ずかしい……


母「しょうがないでしょ?手が空いてなかったんだから」

しょうがないって……


母「そんな事より、朝ご飯どうすんの?トーストでも食べながら行く?」

トーストかぁ


俺「あ~、うん。じゃあソレで」

喉乾くからペットボトルの飲み物持って行こ


母「春香ちゃんもトーストでいい?」

おい!?母さんや⁉

流石にそれは……


堀北「ありがとうございます。いただきます」

食べるの⁉

歩きながら食べるんだよ⁉いいの⁉


母「すぐ焼くから、ちょっと待っててね~」

トースターで食パンを焼く

ジ~~~~~~~~~~~~~~~~

とヒーターの音が鳴り

数分すると

チン!

と小気味良い音と共に焼き上がる


トースターから取り出されたカリッと小麦色に焼けた食パン

そこにザラ…ザラ…とバターを塗る

トーストの熱で液化したバターの香りが広がり、食欲を刺激する


母「はい、出来上がり」

一応皿に乗せて渡してくれるが、皿は持って行かない


俺「ありがと。それじゃ行ってくる」

と、その前に冷蔵庫から紅茶とコーヒーを取り出す

一本は俺の分、片方は堀北さんの分


堀北「いただきます」


家を出て歩きながらトーストに齧りつく

ザク、ザクと食べ進める

バターの塩気が効いていて旨い


俺「堀北さん、コーヒーと紅茶どっちが好き?」


堀北「私?私は紅茶の方が好きよ」

紅茶ね、了解

さっき冷蔵庫から取り出した紅茶を堀北さんへ渡す


俺「はい」

さて、それじゃ俺はコーヒー飲もうかな

パンを口に咥えて両手を使えるようにして、フタを開ける

キャップは指に挟んで本体と一緒に右手でまとめて持って、パンを左手に持つ

コーヒーを口に運び喉を潤す

トーストとコーヒーの組み合わせっていいよなぁ


横を見ると堀北さんがフタを開けるのに苦労していた

まぁ、慣れないと面倒だよな

モグモグと口にパンを入れた状態で話しかける


俺「ほいひははんほりきたさんはへおうはあけようか?」

コーヒーをとりあえず渡し、紅茶のペットボトルを受け取る

もう一度パンを口に咥える

ふっ、とキャップを捻り開ける

零れないように半分閉まった状態にして、堀北さんへ返そうとしたら

何故か堀北さんが俺のコーヒーを飲んでた……

紅茶を返してコーヒーを受け取る

パンを口から離し


俺「何で飲んだの⁉」

それ俺の飲みかけだよ!?


堀北「え?」


俺「え?」


堀北「ごめんなさい。てっきり一口くれるのかと思ったわ」

いやいやいや!なんでそう思うの⁉


俺「開けるの苦労してそうだから、代わりに開けただけだよ……」

なんで、そんな勘違いを……?


堀北「ふふ、そうだったのね。ありがとう」

丸っきり悪びれてない……⁉


俺「その、堀北さんとか南城さんてさ……回し飲みって気にしないの?」

恋愛脳的には間接キスってやつなんだけど


堀北「君と千秋以外とはしたくないわね」

なぜ⁉


俺「俺はいいの⁉」


堀北「そうね。好きだから気にならないわ」

気にしてー⁉

もし、誰かに見られたら……ヤバイんだってこと分かってる⁉


俺「そういうのは今後、誰もいない時だけにしてくれるかな?」

見られたら怨嗟の視線で射殺されちゃうからね⁉

俺、死んじゃうよ?


堀北「そう、誰も見てなければいいのね。わかったわ」

ん⁉


俺「できれば回し飲み自体を控えてほしいな~」

意識しちゃうと、とてもじゃないが恥ずかしくて……


堀北「善処するわ」

同級生の口から初めて聞いたよ⁉

これ『頑張るけど、結果は出せない』って時に使う言葉でしょ⁉


あと『記憶にございません』と『遺憾の意』も絶対同級生から聞かないと思ってたけど……

もしかしたら、堀北さんなら言うかもしれない……

そんな発言をしたら、本当に同級生かどうかを疑うよ⁉



そんな感じで駄弁りながら学校へ向かう



学校に着くまでにちゃんとパンを食べ終えることができてよかった……

パン咥えて登校とか……絶対に変な注目集めるもんな

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