第59話 昔の話

黙々と食事をする俺と、酒を飲む父


何か話題はないものか……


父「どうした?」

顔に出てたかな


俺「いや、何か話題無いかなぁって」


父「話題、か……なら昔話しでもするか」

昔話しって桃太郎とかそういうのじゃないよな?

もうそんな年齢じゃないぞ?


父「昔な、馬鹿な一人の名前無しmobの男がいたんだ」

名前無し?

名前持ちネームドの武勇伝とかじゃないのか……


父「その馬鹿な男は、名前持ちの女性に恋をした」

まぁ、よくある話だな

名前持ちは基本、美形多いし


父「恋した名前持ちの女性は病弱だった。深窓の令嬢、と呼ばれていた」

女性は二つ名持ちか……

男の方は無謀な恋をしたもんだ

まさに馬鹿げてる


父「その女性へ想いを伝える方法を考えた男は、一つのアイデアを思いついた」

ここで更に酒を飲む父

飲みすぎじゃないか?


父「男は恋文を書いて、渡すことにしたんだが」

恋文って、ラブレターだろ?


父「書いたはいいが、渡す方法が無かったんだ」

マジで馬鹿だな……


父「ふっ、本当に馬鹿な男だよな」

うん


父「その男は何を血迷ったのか、直接渡そうと決意した」

イカレてるな

そんなの不可能だろ……


父「その男は女性の屋敷に侵入して、木に登り窓辺まで1メートルの距離まで奇跡的に近づくことができたんだ」

す、スゲー……

名前無しなのに奇跡的すぎるだろ


父「男は小さな声で呼びかけた。気付いた女性はカーテンを開けたんだが」

普通、即通報だよな

不法侵入に覗き未遂だもん


父「驚いた顔はしたが大声も出さず、直ぐに微笑みを浮かべたんだ」

はいダウト~!

それはあり得ないだろ⁉


父「男は懐から恋文を取り出して、その女性目掛けて投げた飛ばした」

それ……受け取ってもらえるのか?


父「でもな、何の前触れもなく風が吹いてな。女性に届く前に風に乗って屋敷の屋根に乗っかってしまったんだ」

運命だな

そのラブレターは届かない

きっとそういう運命だったんだよ


父「落胆した男は、その日はそのまま帰ることにしたんだ」

ま、そうだよな

ラブレターを書いたのに、届けられず終わりだもんな


父「だが馬鹿な男は、大馬鹿だった。次の日もう一度恋文を持って屋敷に侵入したんだ」

諦めが悪いなぁ


父「また木に登って窓辺まで行くと、何故か女性が窓を開けて待っていたんだ」

待っていたって、ただ外を眺めてただけじゃないのか?


父「女性の手には前日風に飛ばされた恋文が握られていたんだ」

え?わざわざ屋根に乗ったモノ取ってきたの⁉


父「その女性がな、こう言ったんだ」

酒で喉を潤す


父「『これ読みました。貴方の気持ちは嬉しいけど、私は貴方の想いに応えられません』ってな」

あ~あ……振られたな


父「そこで馬鹿な男は理由を聞いたんだ」

普通に考えて名前無しとは付き合えないって事だろ?


父「返ってきた答えは意外なものだった。身体が弱い自分はいつ死んでもおかしくありません。だからお付き合いは出来ませんって、そう言っていたな」

いや、それって建前じゃね?


父「男は動揺したよ。名前持ちなのにいつ死んでもおかしくないって事にな」

まぁ、確かに

名前持ちは特別な存在だ

死にそうになっても奇跡が起きて助かるなんてよくある事だしな


にしても、飯うめーな


父「男は考えた。もし明日彼女が死んだとしたら、自分は後悔しないのか?想いを伝えただけで満足なのか?彼女を一人で死なせていいのか?」

ほんと馬鹿だな……

名前無しには何一つ解決する力なんてない

だから運命をそのまま受け入れるしかないんだよ


父「考えた結果……男は、少しでもいい。一緒にいたい!そう叫んでいたよ」

カッコいいけど、なんの解決にもなってないよな?


父「彼女は……驚いていたな」

まぁ、驚くだろうな

振った相手が大声出したりしたらな


父「当たり前だが……屋敷の使用人が集まってきて、男が捕まるのも時間の問題だった」

どんだけ大声出したんだよ⁉

不審者すぎだろ⁉


父「その後、あっけなく使用人に捕まって地面に組み伏せられてな」

でしょうね⁉


父「もうダメだ、そう思った時。また奇跡が起きたんだ」

奇跡?凄いな……

実はその男って名前持ちだったんじゃね?


父「彼女が、息を切らして走ってきてな。『その方は私の恋人です!』って言ってくれたんだよ」

え?えぇーーーー⁉⁉⁉

嘘にしても突飛すぎだろ⁉

作り話なら、もっと面白い展開にしないと


父「最初は誰一人彼女の発言を信じていなかったんだがな。彼女がその場で男に口づけしたんだ」

そんな低レベルな作り話はどうかと思うんだけど……


父「使用人もその男も全員が茫然としてたな。ただ一人彼女だけは輝く笑顔を浮かべてた」

その場にいたら、俺も茫然とすると思うな

だって信じられないよ

mobの告白を受け入れる名前持ちなんて


父「その後、男は彼女と付き合えたんだ」

ま、不釣り合いだし

どっかで破綻するのは分かり切ったことだもんな


父「彼女の願いだった子供を授かって、彼女は未来を悲観せず楽しみに出来るようになっていた。でもな、彼女の身体はもたなかった……出産に堪え切れなった……子供は何とか生きていたが、母体は……彼女はその時亡くなったんだ……」


え……?

数年だけって、破局したんじゃなくて……死別ってこと?

なんでそんな重い話にしたの⁉


父「男は悲しんで後悔して、彼女の後を追って死のうとさえ思った……だがな、彼女の生きた証でもある娘が男に自殺を踏みとどまらせた。その時、馬鹿な男は初めて父親になったんだ」

父親になった、か


父「でも、その男は子育てについてあまりにも無知だった」

まぁ、その男が何歳だったのか知らないけど

子育てを熟知してる男ってのは珍しいかな


父「そんな困っていた男を、助けてくれる女性が現れたんだ」

唐突に登場人物が増えた⁉


父「その女性は名前無しだったが、2歳の男の子を連れていて夫と死別していたんだ。男は似た境遇だと感じ、助けを求めた」

ま、そういう事もある……のか?


父「その女性は自分たちを養ってくれるなら、子育てを手伝うと言ってくれたんだ。男は二つ返事で了承したよ。そしたら、その場で婚姻届けにサインを求めらてな」

ず、ずいぶんと急展開だな


父「サインして、役所に提出したらな……『アナタは死なないでね?』って言うもんだから男もつい『オマエこそ死ぬなよ』って返したんだ」

どんな夫婦だよ⁉

最初の会話が死ぬなよって……


父「それから男は脇目も振らず必死に働いて、家族を養っているよ。妻の方もしっかりと子育てしてくれて、子供も立派に育ったんだ」

う~ん……いい話っぽくまとめたけど

結局何が言いたかったんだ?


父「ふぅ……少し飲み過ぎたみたいだ。夜風に当たりながら次の仕事に向かうよ」

話しの感想とかも聞かず父さんは出て行った


俺「なんだったんだよ……」

つい話を聞くのに夢中になって、冷めてしまったご飯を完食しシンクへ入れ水を張る


さっきの話……昔話しにしては、ずいぶん熱が籠ってたな

父さんかなり酔ってたのかな?


多少気になりはするけど、酔った人間の発言は気にしても仕方ないっていうし

寝よ~っと


部屋へ戻る途中、妹と出くわした


俺「ん?どうした?トイレか?」


妹「違うけど……おにー……さっきリビングで」

父さんが帰って来てたから出てこなかったのか?

父さん可哀そうに……


俺「父さんが帰ってきてたな。なんか昔話しを延々と聞かされたよ」


妹「その昔話しって」


俺「ただの作り話だったよ、あんな出来事あるわけないからな」


妹「そ、そっか……うん……そうだよね」


俺「そんじゃ、俺は寝るから。おやすみ」


妹「うん。おやすみ」


ベットへ入って

ふと、思う







コレって二度寝に入るのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る