昨晩、靴の踵を鳴らすような音が聞こえた頃に、私は既に夢うつつとなっていた。布団からはみ出したつま先が冷えた空気に時折触れて、異国の生命が不馴れな外気に触れたかのように動いた。音の主は私に近づくことはなかったが、遠ざかっていくくこともなかった。そして私自身、不思議と眠りにつく気にはならなかった。雨が屋根を伝って壁に滴り落ちる音、あるいは遠くで鳴る時計の針の音、それらに耳を傾けるように私はそのおだやかな、ある一定の度合いを持って響く音に耳をすませていた。踵が鳴ると、私の鼓膜は激しく揺れた。その後に続くのは、果てしなく続くしんとした静けさだけだった。その一音一音のたびに私の周辺の音たちが失われて行ったように思えた。どれほどの間そうしていただろう。雨垂れの音はいつしか消えて、時計の音もどこか彼方へと消えてしまったようだった。私にはただ踵を鳴らす音だけが聞こえた。やはりそれは近づくことも、遠ざかることも、無かった。奇しくも私から遠く離れたところで行くあてのない迷い子のように彷徨い続けていた。私は目を覚ました。雨はとうに止んで、雲の切れ間から漏れた日差しが足元を明るく照らしていた。秒針の音が随分と近くに感じた。私だけがこの部屋で横たわっていた。

そして今晩も、踵を鳴らす。

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黒の巣 三栖三角 @saicacasai

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