05 樹海の決死行
「一体、どうなってんだよ……」
しばらくして現場へ急行したタツミたちは目の前の光景に絶句する。
完全に大通りの全てが青々とした蔓に覆われていた。ただ蔓というにはあまりにも太すぎる。まるで木の幹ほどの太い蔓から細い蔓が枝分かれして、信号機や歩道橋もそれらに飲み込まれていく。そして同時にパキパキという音をタツミたちは聞く。その音は蔓が根本から段々と茶色になり、硬質化している最中の音だった。蔓の先からは木の枝のように葉っぱが生えていたりして、その様はさながら樹海のようである。
「奥の方からとんでもない量の〈ソウル〉を感じるわ。昨日の〈サベージウィーゼル〉と同じぐらいの」
「ああ、オレも感じる」
フィンとガブがそれぞれ樹海の奥を見据えて言う。
「でも、こんなのどうやって入ればいいんだ?」
タツミは侵入する隙間もないほど蔓や木に埋め尽くされた前方を見てぽつりと呟く。タツミたちよりもさらに小柄であるガブやフィンですら入るのに苦労しそうなほど隙間は小さい。
するとガブが「タツミ、昨日のアレ、できるか?」と尋ねる。
「アレ?」
「決まってんだろ。お前がオレに撃ったアレだよ」
ガブに撃ったというところで何のことかタツミは思い出す。
「ああ、アレか!」
タツミは早速スマホを取り出し、そこから飛び出してきた〈ソウルブラスター〉を手に取る。ユイと同じようにソケットにスマホを差し込み、スマホ画面が見える側面から昨日ガブに撃ったバレット、〈グロウアップ〉のアイコンをタップしようとする。ガブの蒼い炎ならこの樹海を一気に焼き尽くすことが可能かもしれない。
しかしその前にユイが「待って!」と止めに入る。
「な、なんでだよ?」
「〈あっちの世界〉の方でこの樹海に生体反応があるってお父さん、じゃなかった司令が言ってる」
ユイがいつの間にか耳につけていたワイヤレスイヤホンに目配せして言う。そしてスマホを〈ソウルブラスター〉から取り出す。画面には電話のようなアイコンが表示されていて、その下にも様々なアイコンが並んでいる。ユイはその一つであるヘッドホン状のアイコンを押す。するとそれが拡声器のようなアイコンに変わる。
『タツミくん。ガブくん。聞こえているかい?』
スマホのスピーカーから浩一郎の声が聞こえてきた。どうやら通話モードをスピーカーに切り替えるアイコンだったようである。
「は、はい、ちゃんと聞こえてます」
タツミはガブの方を見る。ガブは頷く。ちゃんと聞こえているという合図だ。
『ならば話を聞いてほしい。今の段階で〈グロウアップ〉を使うのは控えてほしいんだ』
予想外のことを言われてタツミは思わず、「な、なんでですか!?」と聞き返していた。「ガブだったら、こんな蔓一瞬で全部燃やせるかもしれないのに」
『タツミくん、昨日君も見たはずだ。暴走したスピリットが〈我々の世界〉の物を壊していたところを。それは君たちも同じなんだ。君たちが〈
「それってつまり……」
タツミの言葉を浩一郎が引き取る。
『ガブくんの炎もこの樹海の中にいる人たちを燃やしてしまうかもしれない』
「そんな……」
タツミはガブに向けていた銃口を下ろす。今のタツミたちからは〈自分たちの世界〉でこの樹海に捕らわれている人たちを確認することはできない。ガブの炎を無闇やたらに使ってしまえばその人たちを傷つけてしまうことになりかねない。
「じゃあオレたちはどうすりゃいいんだ? このまま黙ってるわけにはいかねえだろ?」
ガブが尋ねる。
『やはりこの樹海を生み出している元凶を直接叩くしかない。暴走しているスピリットの元に直接出向いて倒す。それだけが現状の唯一の解決策だ』
「つまり直接やりあえってぇことか。わかりやすくていいじゃねえか」
一方のガブはその口元を緩ませる。
『ユイ、現場の判断はお前に任せる。前例がない状況だが、大丈夫か?』
「大丈夫、なんとかやってみるよ。それに目標はいつもどおり暴走してるスピリットを倒すことでしょ? だったらいつもとやることは変わらないよ。ちょっといつもより慎重に動くだけってところ以外はね」
『よし、それでは頼む。一応こちらのカメラは生きていて確認はできるんだが、樹海の方は完全に覆われていて、お前たちが中に入ると何も確認できないんだ。だからこの回線は常に開けておいてくれ』
「わかった、そうするね」
ユイは通話画面のままスマホを〈ソウルブラスター〉のソケットに挿入する。するとバレット選択画面に自動的に遷移する。しかし通話していることを示す電話のアイコンも小さく画面上部に表示されている。バックグラウンドで通話モードが保たれている。
「問題はどうやって中にはいるか、ね」
フィンが目の前の蔓や木々が蜜に絡み合った様を見る。樹海は更に新たな蔓を生やして徐々に範囲を広げている。さっきよりも迫ってきた樹海に一同は後ずさりするしかない。
「なんとか道を作れればいいんだけど……」
ユイが侵入を拒む樹海をにらみつける。
「ここはオレの出番だな」
するとガブが彼らの前に立つ。
「何するつもりだよ? もしかしてここを燃やすのか? でもお前の炎じゃみんな燃やしちゃうんじゃ……」
しかしタツミの心配とは裏腹にガブは自信満々に言い返す。
「オレは炎を操るドラゴン族だぜ? オレの炎はこんなことだってできるんだよ」
ガブが両手を開く。するとその上に蒼い炎がぼっという音を出して現れる。だがそれだけではなかった。次の瞬間には炎が一人でにうねうねと動き出し、帯状になってガブの両腕に巻き付いていく。完全にガブの両腕に炎が巻き付いた後、炎は徐々に腕の根本から光沢のある結晶のような物体へと変わっていく。そして最終的にはガブの両腕には一対の剣が出来上がっていた。
「おりゃあ!」
ガブは樹海の形成する複数の蔓や木に両腕の刃を振り下ろす。ジュッと焼けるような音がしてそれらが千切れていく。タツミは自分の近くに飛んできた蔓の破片を見る。斬られた断面は黒く焦げていて、そこから水が少し流れ出ていた。普通に斬ったというより、あの炎の剣の持つ熱によって焼き斬ったということなのだろう。
「お前、こんなこともできたんだ」
「あれ、知らなかったのか? オレたちドラゴン族は火を自由に操る能力を持ってる。別に燃やすだけがオレの炎じゃねえ。こうやって結晶にして武器にすることだってできんだよ。昨日オレがデケえ拳を作ってただろ? あれもその応用だ」
タツミは「へえ……」とただ感心するばかりである。実際のスピリットたちがゲームの方とあまり変わらない能力や技を持っているのはフィンが水の弾丸を放っているところを見て理解していた。しかしタツミはドラゴン族のスピリットを持っていなかったので、その能力の詳細を知らなかったのだ。
しかしそこで一つ疑問が浮かんだ。
「じゃあなんで昨日オレが〈グロウアップ〉を使うまでそれを使わなかったんだよ? 別に〈グロウアップ〉を撃たれなくてもその能力は使えるんだろ?」
〈グロウアップ〉を使わなくても能力が使えることは今のガブや、昨日のフィンの戦い方が証明している。なら何故その能力を使わなかったのか。いろいろと便利な利用法がすぐに思いつきそうなものなのだが。
「え、そ、そりゃあ……」
ガブは返答に困って頭を掻く。
「……忘れてた」
「は?」と予想外の返答にタツミの口から変な声が漏れる。
「お前と会うまであの訳わかんねえ箱に捕まったりして大変だったからな。久々に思いっきり暴れられると思ったらなんか昂ぶっちまってよ」
「なんだよそれ」
「うっせえ、今は関係ねえだろ」
ガブが無理矢理話題を切る。顔が恥ずかしさで少し赤らんでいた。
「お父さん、じゃなかった司令、ガブのおかげで道ができたよ。今から中に突入する」
『わかった。ではタツミくん、少し聞いてくれるかな?』
いきなり名指しされたタツミは唐突なことに面食らう。
「な、なんですか?」
『もう少し後に聞こうと思っていたんだがそうもいかなくなってしまった。これから一つ尋ねる。ちゃんとよく考えて答えてくれ』
一体何を聞かれるのだろうかとタツミは身構える。
『君は戦うことができるか?』
浩一郎の質問、それは先程ユイから仄めかされていた選択肢だった。
『今からその樹海に足を踏み入れること、それは暴走するスピリットを相手に戦うことになる。昨日と同じように相手はただ本能で暴れまわる〈怪獣〉だ。あまりこんなことは言いたくはないが、いくら〈リンカー〉の体が丈夫だとはいっても命の保証があるわけではない。
それでも君は戦うことができるか? それを聞かないことにはこの先に君を進ませる許可を出すことはできない』
どうしてこんな状況でそんなことを聞くのかとタツミは内心毒づくが、しかしやはり目の前に命の危険があるからこそ今こうして尋ねてきたのだろうとも考える。
タツミはガブを見る。ガブはどう思っているのだろうか。気になって尋ねてみようとした。
しかし、
「お前は来んな」
と、ガブはタツミに告げる。
「お前には関係ねえことだ」
「か、関係ないって、じゃあお前は何の関係があって戦おうとするんだよ?」
「オレがここに来たのは父上からの命があるからだって言っただろ。朝桐浩一郎に協力するってことは、今のこの状況に対処しろってことだ。だけどお前は何の理由もねえだろ? だから来るんじゃねえ」
少し前と同じ答えをガブは返す。やはりガブはタツミを巻き込みたくないと思っている。それは一切の淀みのない言葉からも感じ取ることができる。その真っ直ぐな意志にタツミは何も言い返すことができない。そして言い返すことができない自分に無力さを感じてタツミはうつむく。昨日は一緒に戦ったのに、もっと仲良くなれると思ったのに、どうしてそんなことを言うんだとタツミは問いかけたくなる。
だがそう思うからこそ、自分がガブの立場だったら同じことを言っただろうとも思う。自分の大切な人に危険が迫ることが最初からわかっていれば、タツミ自身もその人についてくるなと言ったはずだ。だから余計にガブがタツミを戦いに巻き込みたくない気持ちが理解できる。これがガブなりの優しさであるとわかる。だから反論の言葉を紡ぐことができない。
「あー、あのー……」
重い空気が二人の間にのしかかる中、ユイがその中に割って入ってくる。
「ちょっと余計なお節介かもしんないけどさ、タツミくんはどうしたいのかな?」
「どうしたいって……?」とタツミは聞き返す。
「だってさっきまでタツミくん、一緒に来る気満々だったでしょ? でも今は迷ってるじゃん。迷ってるんだったら、自分がどうしたいのかって方で考えたらいいんじゃないかなって思って」
それを言われてタツミははっとする。確かにガブの言う通りこの事態に自分は何の関係もない。なのにここに来たのは自分がそうしたいと思ったからだった。そこに明確な理由はなく、ただただ放っておけなかったから、見て見ぬふりができなかったからだ。
そこまで思い直して考える。自分は一体どうしたいのか。
浩一郎から言われた言葉を思い出す。
『君は戦うことができるか?』
一つだけ確かな思いが、タツミの中に芽生えた。
「――オレも行く」
その言葉に迷いはなかった。
「お前……」
ガブは何か言いたげだが、それより前にタツミがガブを見つめて彼の言葉を制する。
「もう決めたんだ。それにもし〈グロウアップ〉を使う必要があったら、オレがガブについてないとダメだろ?」
『いいんだね、タツミくん? こちらでも最大限、出来うる限りのサポートはするがそれでも命の保証はできない。それでも戦うことができるんだね?』
「オレだって、いつでも助けられるわけじゃねえんだぞ」
浩一郎とガブ、両方からその意志を問われる。しかしタツミは揺るがない。
「戦うよ。さっきも言ったけど、もう決めたことだから」
ガブはため息を吐いてやれやれといったふうに首を振る。
「しゃあねえなあ、もう……」
「じゃあアンタはタツミくんが来るのを認めたってことでいいわけ?」
ダメ押しとばかりにフィンがガブに尋ね、ガブが「ああ、そうだよ」とぶっきらぼうに言う。
「あ、ありがとな、ガブ」
「礼は全部終わってからにしな。今言うことじゃねえよ」
「ユイと、あとフィンも、ありがとな」
タツミが二人の方を向いて言う。
「全然、大したことしてないよ。それにわたしとしては人手が欲しかったところだったし」
「そうそう。ワタシたちだけじゃ対処しきれるかわかんなかったしね」
そして全員が今もなお範囲を広げ、迫ってくる樹海を見据える。
「じゃあ、行くわよ!」
ユイの言葉を合図に、ガブの開けた入り口へ一同は駆け出した。
中に入った途端、樹海は彼らを敵と認識した。彼らの四方を覆う蔓やそれらから変化した木々がそれぞれ自動的に、外敵である彼らを排除しようと襲いかかってくる。
「うらぁッ!」
素早く伸ばされるその蔓をガブは両腕に装着した炎の剣で斬り裂く。
「フィン、あっちお願い!」
「ええ、『アクアシュート』!」
フィンは昨日も使っていた水を圧縮して弾丸のように撃ち出す技を放つ。一本一本が太い蔓が文字通り蜂の巣のように穴開きにされ、粉々になる。一方のユイは〈ソウルブラスター〉を通常の攻撃バレットを装填し、蔓一本ずつに狙いを定めて撃つ。正確に着弾すると蔓は簡単に千切れる。その姿はとても小学生には見えず、表情も子供離れした険しく、どこか殺気立ってさえいる。
タツミも同じように周囲三六〇度から襲い来る蔓に対して、〈ソウルブラスター〉で対抗していた。ユイと同じように通常の攻撃バレットで正確に撃ち落としていく。少し息を止めて集中すると周囲の動きがスローモーションになったように感じ、自分の脈拍さえ鮮明に聞き取れ、その鼓動が自分の全身の血流を動かしていることがわかるほど全身の感覚が鋭敏になっていることに気づく。
タツミは以前にユイの言っていたことを思い出す。
(まあ大丈夫だよ。こういう『身体能力の向上』とかは昨日のような状況にならないとスイッチが入らないように体が無意識にセーブしてるらしいから)
今の自分の体に起こっていることがその『スイッチが入った』状態なのだろうかとタツミは次々に向かってくる蔓を撃ち落としながら考える。どうやらこうして並行して考えることができるほど思考能力にもそのスイッチが入っているらしい。
「なかなかやるじゃねえか」
不意にガブから声をかけられる。そんなガブも次の瞬間に体に巻き付こうとした蔓をその寸前に避け、両腕の剣で斬り落としていた。
「そっちこそ」
やはりこうして肩を並べて戦えることに嬉しさを感じる。守れないかもしれないとガブは突き放すような発言はしていたが、なんだかんだタツミが危なくなればガブは真っ先に彼に襲ってくる蔓を斬り飛ばし、逆にガブが危なくなればタツミが迫る蔓を撃ち抜く。なかなかに息の合ったチームプレイを見せていた。
そしてある蔓を撃ち抜いた時、タツミの顔に水がかかる。
「うわっ、なんだこれ、水か?」
そういえばガブが樹海の入り口を開ける際にも、斬った蔓の断面から水が漏れていたことをタツミは思い出す。
「たぶんこの蔓、中にある水の量とか流れで動きを操ってるんだよ」
「だからこんなに水が出てくるのか」
タツミは再度落ちた蔓を見る。蔓の断面からまだ水が流れ出ている辺り、かなりの水がこの蔓の中に含まれていたことがわかる。
「おい、ぼーっとしてねえでさっさと行くぞ」
ガブが言うとタツミは「あ、ああ」と答え、走り出す。
「なあ、こんなに派手にやってるけど〈あっちの世界〉に影響とか出てないよな?」
タツミは走りながらユイに尋ねる。彼らの前ではガブが両腕の剣を鉈代わりに蔓を斬って道を作っている。
「一応お父さんから送られてきたルートを通ってるから大丈夫だと思うよ。生体反応があるところを避けてルートを作ってくれてるみたい」
ユイが〈ソウルブラスター〉の側面からスマホの画面を見せる。真上から見下ろした二次元マップ上にうねうねとくねった線が走っていて、自分たちを示すであろう青い点がその上にある。かなり蛇行していて、その分〈向こうの世界〉でかなりの人間が閉じ込められたことが見て取れる。そして進行ルートを示す線の最奥にあるのが真っ赤な大きな円、昨日も見た暴走したスピリットを示すアイコンがある。
「ったくあとどんだけ斬れば敵のところにたどり着けるんだか……」
そうガブは愚痴るが、その動きは俊敏そのもので次々に蔓を斬り捨てていく。そのおかげでタツミたちは駆け足でスピードを落とすことなく進むことができている。
しかし彼らの意識がガブの前方に向いているせいで、後ろで何が起こっているのかに気づいていなかった。後ろでは蔓から木に成長し、そしてそこから派生した枝の先に大きく実った果実が出来ていた。そしてその重さに枝が耐えきれず、果実は地面に落ちる。落ちた果実は途端に茶色く変色し始め、急速にしぼんでしわくちゃになる。すると中から何かが飛び出し、それが周囲の地面に着地する。何かが着地した場所からは芽が出てきて、これもまた急速に成長する。
その時点でようやく、タツミは鋭敏になった聴覚で新たに生えてきた蔓の存在に気がついた。後ろを振り向いている暇はないと加速した思考で判断し、手早くガブとユイ、そしてフィンを抱き寄せる。
「ちょ、タツミくん!?」
ユイはタツミの行動に疑問を抱いたが、すぐに自分たちを狙って迫ってくる蔓を見て状況を理解する。
タツミは彼らを抱き寄せると足に思いっきり力を込めて前へ跳ぶ。その次の瞬間にタツミたちの元いた空間を伸びてきた蔓が通り抜ける。あと少しタツミの反応が遅れていたら彼を掠めていたほどの距離だった。
「くそっ、しけたマネしてんじゃねえぞ!」
蔓は進行方向を一八〇度反転させてなおもタツミたちを狙おうとするが、いち早くタツミの腕から抜け出たガブが蔓の、彼らの真上にある部分を斬る。生き物のように動いていた蔓は途端に自ら動く力を失くし、斬り落とされた先端部分は地面に落ち、根元から残った部分も力なくへたり込む。
「あ、ありがとねタツミくん」
「い、いや、どういたしまして」
二人がそれぞれ言い合うが、フィンが「あれ見て!」と言ったことではっと二人がその方向を見る。
天井を覆う木々、そのそれぞれの枝先に赤い果実が出来ていた。一つの枝に一つの割合で実が出来ているのでまるで天井が赤黒く塗られたかのようでとにかく不気味だ。そしてそのうちの一つが地面に落ち、またそれが朽ちて周囲に種子を飛ばすと、その種子から芽が現れて急速に蔓に成長しタツミたちを襲う。
今度はユイが即座に反応して蔓の根元を撃ち抜いたため、蔓の先端は彼らに届くことはなかった。しかし上は今にも落ちてきそうな実で一杯だ。
「も、もしかしてこれ全部……」
ユイがそう言った途端、次々に地面に実が落ちてくる。そして先程までの実と同様に種子を飛ばし、そこから芽吹いた蔓が一斉に彼らを狙って伸びてくる。
「『アクアシュート』!」
フィンが水の弾丸を撃ち出す。狙いを定める必要はなかった。視界の前方ほぼ全てから蔓が伸びてきていたからだ。蔓は撃ち抜かれたり、蜂の巣にされて自重を支えきれずに途中で折れて勢いを失くして落ちたりするが、何本かは生き残って彼らに迫る。タツミとユイはその撃ち漏らした蔓を〈ソウルブラスター〉で撃ち抜いていく。
しかしその後ろではまた新たな果実が枝先に出来始めていた。しかもまた周囲を覆っている蔓の一部が自動的に彼らを狙い始めた。怒涛の波状攻撃に彼らは防戦一方だ。
「ちょ、どうすんだよこれ!?」
タツミはなんとか迫る蔓を落としながら誰に言うでもなく叫ぶ。
「ったく、これじゃキリがねえぞ!」
ガブは剣で時に斬り裂き、時に口から蒼い炎を吐いて応戦する。蔓は水分量が多いため完全に燃やすことはできないが、それでもダメージはあるようで生焼けの蔓が地面に次々に落ちていく。
「仕方ないわ! このまま進むしかない!」
ユイの返事に「でもどうやって!?」とタツミが尋ねる。
「ガブは道を作って、ワタシたちは後ろで蔓に対応する。そういうことよねユイ?」
ユイの代わりにフィンが答える。ユイは頷いてガブに「お願い!」と叫ぶ。
「ああ、わかった!」
ガブは手近に迫った蔓を斬り飛ばし、再び進路を作る作業に戻る。
「このままゆっくり進んでいくわよ!」
それからはガブは戦列に直接加わることはなく、蔓を落とすのは残りの三名の役割になった。ガブが道を作っていき、残りの三名が迫る蔓の攻撃を防ぎながらゆっくり蔓が迫ってくる方向を向きながらすり足で移動する。当然のことながら行軍のスピードは格段に落ちた。
ただ常にそういう状態というわけでもなく、途端に攻撃の手、主に果実ができる速度が異様に遅くなる地点があった。その時は好機と見て一気に走って距離を稼ぐ。すると少ししてから、また大量の果実ができ、彼らを襲ってくる。どうやら一連の攻撃には周期性があるのだろうとユイは推測した。
「たぶん全力を出し続けるのは無理があるみたいだね」
「どういうこと?」
攻撃の手が緩み、駆け足で距離を稼いでいる間にタツミはユイに質問する。
「この樹海には元凶のスピリットの力が行き届いてる。だから自動的にわたしたちを攻撃することもできるし、そうやって自動的に攻撃してる場所に自分の〈ソウル〉を流し込んで、木の実を作って一気に攻撃することもできる。でもそれをずっと続けることはできない。だから今みたいに自動的に襲ってくる蔓以外に攻撃してくる奴がいない時間ができる」
「なるほど。つまり敵は今力を溜めるために休憩中ってわけか」
その途端に再び彼らの頭上が真っ赤に染まった。波状攻撃が来るサインだ。案の定次々に実が落ちてきて蔓が彼らに迫ってくる。だがタイミングが分かれば心構えができ、冷静に対処できるようになる。ユイが攻撃の周期を発見してからは攻撃してくる時間と力を溜めるため待機する時間を測ってそれぞれ迎撃と行軍に時間を割り振って行動した。そのおかげで初めて木の実からの攻撃を見た時よりも格段に進むスピードが速くなり、また作戦を考える余裕もできてきた。そこでユイは元凶のいる場所に突入する時間を極力待機している時間に合わせようという作戦を立てる。
「ここでこんな攻撃ができるくらいなんだから、自分のいるところでも同じように木の実を生やすことができるはず。しかも力を溜めてるってことは相手も全力を出すことはできないかもしれない。そういうことよねユイ?」
フィンがユイの作戦を噛み砕いて説明するとユイは「そうそう」と頷く。
「よくそんなの思いつくよな」
タツミは素直に感心して言葉に出す。
「まあ伊達に何年も先に〈リンカー〉やってるわけじゃないからね」
ふふんと自慢げに胸を張るユイ。相手の手の内が読めてきて余裕が出てきている証拠だった。
そしてマップを確認して、敵がいるであろう箇所の直前で攻撃時間をやり過ごし、待機時間になってすぐに敵が陣取っている場所へと彼らは突入した。
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