03 〈リンカー〉
「し、侵略?」
突然語気を強めた浩一郎に気圧されるタツミ。普段聞き慣れない言葉に、浩一郎の言っていることが全く理解ができない。
「おっと済まない。ちょっとテンションが上がってしまった。まあ落ち着いて聞いてほしい」
一回こほんと咳払いをして、浩一郎は続ける。
「とりあえず一つずつ説明していこう。君はそもそも〈スピリット〉とはどんな存在だと思っている?」
「え、それは……」
どんな存在かと問われても、タツミには明快な答えが出せない。昨日より以前なら単にゲーム〈スタースピリッツ〉に出てくるキャラクターだと即答できただろう。しかし今彼の隣にいるガブを見ると、とてもそうは思えない。ガブにはこの手でちゃんと触れることができる実体があり、生物が身体から発する温かな熱も持っている。
浩一郎もタツミがそう考えているのがわかったのか、
「〈スタースピリッツ〉というゲームに出てくる架空のキャラクター。そう思っていたはずだ。――彼と出会うまでね」
と、ガブを指差して言う。
そして断言する。
「〈スピリット〉は実在する。ゲームのキャラクターなどではなく、本当の生物として」
浩一郎の声は低く、さっきほどではないにしろ語気も少し強いものだった。それがより、「〈スピリット〉が実在する」という、何も知らない人間からすれば荒唐無稽な話により強固な説得力を与えていた。
「彼らは人間の常識を超えた特殊な能力を持っている。昨日の〈サベージウィーゼル〉のような怪力や、〈カエルラドラゴン〉であるガブくんの蒼い炎のようにね。そしてそれら全ては、〈ソウル〉というエネルギーによるものだ」
「〈ソウル〉?」
タツミはオウム返しのように〈ソウル〉という言葉を反復する。これもまたどこかで聞いた気のする言葉だった。
「〈ソウル〉とは生命体に宿っている生命エネルギーだ。だからこの世の生きとし生けるもの全てに、つまり我々人間にもその〈ソウル〉は宿っている」
浩一郎は矢継ぎ早に言うがタツミはそのほとんどを理解できないでいた。しかしなんとか自分なりにそれを噛み砕いて、その理解が正しいかどうか確認しようとする。
「……人間にもってことは、オレにもその〈ソウル〉っていうのがあるってこと?」
「ああ。生きていれば誰にでも〈ソウル〉は宿っている」
「でもオレはあんな炎とか出せたりできないですけど……」
昨日の〈怪獣〉やガブが見せた超常的な力や現象が、自分たちにも宿る〈ソウル〉によるものだとして、なぜ〈スピリット〉にはできて人間にはできないのか。それがタツミの抱いた疑問だった。
「それはね、〈ソウル〉とは通常生きるためにのみ使われるエネルギーだからだよ。我々人間が生きるのにそれほど〈ソウル〉は必要ではないんだ。だからその総量も生きるために必要最低限の量しか我々には宿っていない。しかし――」
「〈スピリット〉は違う」と浩一郎は続ける。
「〈スピリット〉の持つ〈ソウル〉の量は人間のそれを遥かに超えるものだ。その膨大な〈ソウル〉は我々には考えられないような進化を〈スピリット〉に促している。それが彼らの持つ特殊な能力の正体というわけだ」
「な、なるほど……」
なんとなくだが、タツミにも理解できた。つまり〈スピリット〉は人間とは違って莫大な量の〈ソウル〉を持ち、その力で様々な能力を使える。そういうことなのだろう。
しかし、それならさらに疑問は深まることになる。
「だ、だけど、そんなすごい奴らがいたら普通もっとニュースとかになってるはずですけど」
そもそもガブの容姿からして、この地球に生きるどの生物にも当てはまらない。強いて言えばトカゲに似ているともいえるが、トカゲに翼は生えていない。それに加えて火を吐くことができたり、炎で拳を作ってあの巨大な〈怪獣〉を殴り飛ばす怪力を持っている。こんな生き物がいれば大ニュースにならないはずがない。しかしタツミはそんな生物を発見したというようなニュースを、見たことも聞いたこともない。
「そりゃあオレが昨日言っただろ。オレたちは普通〈スピリットワールド〉に住んでるってよ」
そこで黙って話を聞いていたガブが口を開いた。そして同じような話をされたことをタツミは思い出す。
「ガブくんの言う通りだ。〈スピリット〉は普段は我々の世界とは違う世界〈スピリットワールド〉で暮らしている。そして通常我々の世界と〈スピリットワールド〉を行き来することは不可能なんだ」
「でも、行き来できないんだったらこっちの世界に来ることもできないんじゃ……」
そこまで言って、タツミは浩一郎の言葉遣いに違和感を感じた。さっきの説明で普段とか通常という言葉を強調して言っているような気がした。
「……じゃあ普通じゃないことが起こってるってことなのか?」
ぽつりとタツミが呟く。
「ほほう、察しがいいね」
浩一郎はどこか楽しげに口元を緩める。
「その通り、我々の世界と〈スピリットワールド〉を繋ぐ、〈道〉のようなものができてしまっているんだ。スピリット達はその〈道〉を通ってこの世界へとやってきているんだ。――佐藤くん、〈あれ〉をモニターに映してくれ」
「わかりました」
浩一郎は自分たちのいる場所に一番近いところにいる男性のオペレーターに声をかける。まだ二十代の半ばほどの若い男性だ。浩一郎とは違い、紺色の制服を上下きちんと着用している。そのオペレーターが自分のデスクのパソコンを操作し、しばらくして最奥のモニターに一枚の画像が表示される。
それは巨大な樹だった。しかしただ巨大なわけではない。巨大すぎる。山の頂上を中心に七合目か八合目ほどまでを半径とした巨大な幹は天高くどこまでも伸びている。それこそ成層圏にまで到達しているのではというほどだ。そして樹の頂点部分には枝が空を覆うように分かれている。そして異常なほどの大きさと並ぶくらい異様だったのは、その樹が虹色であることだった。地面近くの根元から頂点付近の枝の先に至るまで虹の七色のグラデーションに彩られている。
タツミは口をあんぐり開けて呆然としていた。どこをとっても異様過ぎて言葉が紡げない。一体これは何なのかという疑問すら口にすることができない。
「これがその〈道〉だ。この〈咲浜自然公園〉の、もう少しここより奥に行ったところに生えている。その性質と見た目から我々は〈コネクテッドツリー〉と呼んでいる。まあただ単に〈樹〉と呼んでいることもあるけどね」
浩一郎はさらに続ける。
「この〈コネクテッドツリー〉を通り、こちらの世界へとやってきたスピリットが暴走して暴れまわった。これが昨日の事件の大まかなあらましだ。そして今この瞬間にもスピリットたちはこの世界へと流れ着いていて、その全てが暴走する危険をはらんでいる。これを異世界からの侵略と呼んでも差し支えはないだろう」
侵略という言葉からタツミは昨日のあの光景を思い出す。人々が逃げ惑い、〈怪獣〉が街を暴れまわる。自動車は押しつぶされて炎上し、歩道橋はその巨体の突進で破断される。普段の日常が一瞬で未知の存在に奪われるあの出来事を表現するのに、侵略という言葉はまさに適当だと思えた。
「そしてそんな彼らに対抗できる、君たちのような存在を我々はスピリットと〈リンク〉することができる存在、〈リンカー〉と呼んでいる」
「〈リンカー〉?」
今度は全く聞き慣れない言葉だった。しかも君たちと言われた。まるでタツミ自身もそうであるかのように。
「スピリットと絆を結び、その力をさらに増大させることができる存在のことだ。君ももうすでにそうなっているはずだよ。昨日のガブくんの力は、君が〈ソウルブラスター〉でガブくんを撃ったからだろう?」
その通りだった。タツミがあの拳銃のような物――〈ソウルブラスター〉を手にしてガブに引き金を引いた途端、彼の体から蒼い炎が溢れ出てきたのだった。その後のことも無我夢中でありながらも、この〈ソウルブラスター〉を使えば〈怪獣〉に対抗できるとなんとなく理解して行動していた。
「それこそが、〈リンカー〉の真の能力だ。〈リンカー〉は〈リンク〉してバディとなったスピリットの潜在能力を、〈ソウルブラスター〉から放たれる〈バレット〉によって引き出すことができるんだ。昨日のガブくんの戦闘能力も、君がガブくんと〈リンク〉してその能力を引き出したからなんだよ」
「で、でもオレ、いつの間にそんな〈リンカー〉なんてものになってたんですか?」
タツミにはいつそんな存在になったのか見当がつかなかった。〈ソウルブラスター〉を手にしたのも、ガブを受け止めてビルの中に吹っ飛ばされた時に、スマホから勝手に出てきたからだ。
「〈リンカー〉になるには二つ条件がある。その一つが、まず〈リンク〉できるスピリットと出会うこと。しかしこの世にごまんといるスピリットの中で〈リンク〉できるスピリットはたった一体だ。そんなスピリットと出会えるのは天文学的な確率だろう。君はガブくんと奇跡的に出会い、奇跡的にガブくんが君と〈リンク〉できる存在だったというわけだ」
浩一郎はそれを聞かれるのも想定済みだったようで、言葉に詰まることなくスラスラと説明する。
「奇跡的……」
タツミはその言葉を反芻する。昨日カケルの遊びの誘いに乗っていたら、ダンボール箱の中身を黙々と家の中で片付けていてあの公園に行かなかったら、ガブと出会うことはなかったのかもしれない。そう思うと、どこか単なる偶然だけではないようにタツミには思えた。ガブと出会うという、そういう運命が最初から決まっていたのように。
「そしてもう一つ。それは〈リンク〉できるスピリットに体のどこかに傷をつけられることだ。それによってスピリットの体表面を覆う〈ソウル〉が人間の体内に入り、そのことで人間の体に宿る〈ソウル〉が活性化し、それを扱うことができるようになる。
星野くん、君は昨日ガブくんに体のどこかに傷をつけられなかったかい?」
言われてタツミはガブがスマホから出てきてからの一連の出来事を順に思い出していく。画面が光り出し、ガブがベッドの上に飛び出してきて、ガブがタツミを敵と思って襲いかかろうとし、しかし腹が減ってそれに失敗し、タツミが家にある菓子類を持ってきて――
「あ、思い出した。あの時ガブに手を噛まれたんだった」
思い出すだけであの時の痛みが再現されたかのように右手がヒリヒリしてくる錯覚に陥る。今まで生きてきてあれだけ容赦なく何かに噛みつかれた経験などなかった。
「そんなことしたかオレ?」
しかし当のガブは全く覚えていないとでもいうふうに首を傾げる。
「したよ思いっきり! 結構くっきり歯型残ってたんだからな!」
「ああそうか、そりゃあ悪かった。あの時は腹減りすぎてほとんど意識が朦朧としてたからな。何してたか全然思い出せねえんだ」
しかしタツミが主張しても、覚えていないから仕方ないとばかりに全くガブは悪びれない。ただタツミの方にしても結局はすぐにその歯型が消えていたのであまり気にしてないのだが。
「やはり心当たりはあったようだね。その時にガブくんと〈リンク〉したんだろう」
二人のやり取りが一段落したと見て、浩一郎が再び話し始める。
「〈リンカー〉にはさっきも言った通り〈リンク〉したスピリットの能力を引き出す力がある。また同時に流れ込んだスピリットの〈ソウル〉は〈リンカー〉の持つ〈ソウル〉を活性化させる。そして活性化した〈リンカー〉の〈ソウル〉は、〈リンカー〉の体に変化をもたらす。それが身体能力や治癒能力、そして体の頑強さの向上だ。
星野くんも昨日なんとなく普段より足が速くなったとか、傷の治りが早くなったとか、そういうことがあったと思うけど、どうだい?」
タツミはまだ腕に貼ってあった絆創膏を剥がす。やはり車の中で剥がしたものと一緒で、その下には綺麗に傷のなくなった柔肌が見えている。そして実感する。昨日ガブを追いかけている時にいつもより速く走っていたような感覚も、ガブが吹っ飛ばされた時に普通だったら対処できないはずの速度に対処できた反射神経の向上も、全て気のせいではなかったのだ。おそらくガブに噛まれた歯型がすぐに消えたのも、その治癒能力の向上とやらのおかげなのだろう。
「どうだい? これである程度の疑問には答えられたとは思うのだけど、何か他に聞きたいことはあるかな?」
聞かれてタツミは考え込む。確かに疑問に感じていたことに対して、理解の範疇を越えているものもあれどなんとなく納得の行く回答を得ることはできた。だが、どこかまだモヤモヤとしたものが残っている。まだ聞けていないことが山程ある気がした。
「じゃあよ。なんで昨日、オレが最初あの〈デケえの〉に攻撃したのに、それが全部すり抜けちまったんだよ?」
ガブがそう言ったことでまだ肝心なことを聞けていないことをタツミは思い出した。
「そうだ。スピリットは普段〈スピリットワールド〉に住んでるって言ってたけど、じゃあこっちの世界に来たスピリットはどこにいるんですか?」
さっき浩一郎は今この瞬間にもスピリットはこの世界に流れ着いていると言っていた。それはつまり現在タツミたちの生きている世界には、それこそ何千何万というスピリットがいるということになるはずだ。それなのに何故、スピリットのことが全く報道されないのか。
そこまで考えると、タツミの中で様々な疑問が湧いてくる。そもそも〈スタースピリッツ〉と実在するスピリットに一体どんな関係があるのか。〈咲浜自然公園〉の中にあってあれだけ巨大なはずの〈コネクテッドツリー〉が、ここに来るまでの間何故見えなかったのか。何故こちらの世界にやってくるとスピリットは暴走してしまうのか。聞きたいことが炭酸水の泡のように次々浮かんでくる。
「ああそうだ、それについても説明するつもりだったんだがすっかり忘れてしまっていたよ。――ただまあそれは直接現地へ行ってみた方がよりわかりやすいだろう」
しかし浩一郎はタツミの疑問には答えず、タツミの後ろにいるユイに目配せする。
「――やっとわたしの出番ってわけね」
ようやく黙り込んでいたユイが口を開く。
「どういうことだよ?」
すると得意げにユイは言う。
「これからわたしと一緒に来てもらうの。こっちの世界でスピリットたちがいる場所、〈
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