怪獣都市〈咲浜〉

01 翌日、学校にて

「よっ、タツミ!」


 タツミが教室の後ろのロッカーにランドセルを入れている時に、カケルが話しかけてきた。


「ってどうしたんだよそれ!?」


 カケルはタツミの全身を見て驚く。顔や腕、そして足、肌の見えている部分のそこら中に絆創膏やテープで固定したガーゼが貼られていた。


「まあ、いろいろあって……」


 はははと笑って誤魔化そうとするタツミ。


 もちろんこれらは昨日の〈怪獣騒動〉の際にガラス片で切った傷の手当てのためのものである。昨日家に帰って鏡を見ながら自分で施したものだ。タツミは生来の性格のせいでよく怪我をするので、こういう処置には慣れていた。


 すると訝しげな表情になってカケルは、


「もしかして、昨日の〈怪獣騒ぎ〉に巻き込まれた、とかじゃねえよな?」


 とタツミに聞いてくる。


「な、何のこと?」


 あくまで平静を扮っているつもりだが、タツミの声は裏返っていて明らかに怪しい。


 しかしカケルはそんなタツミの様子に気づかない。


「あれ、お前知らねえのか?」


 カケルはスマホをポケットから取り出すと、慣れた手付きで画面を操作する。この学校はスマホの持ち込みは許可されているが、使用は禁止されている。しかしそんなことはお構いなしに教室にはスマホを我が物顔でいじっている生徒で溢れている。


「昨日ここらへんからもうちょっと離れたところでとんでもねえことが起こってたんだけど……」


 カケルはタツミにスマホの画面を見せる。カケルによると昨日SNSに上げられていた動画だという。そこには昨日タツミたちが対峙した半透明な〈怪獣〉が縦横無尽に暴れまわっている姿が映っていた。撮影者も逃げ惑っているせいか手ブレしているが、スマホの手ブレ防止機能が働いているのか、わりかしきっちりとその異様な巨躯を確認することができる。


「な? すげえだろ?」

「あ、ああ……」


 自分もそこにいたんだけどな、とは口が裂けても言えなかった。


「今もその辺は警察とか消防とかが封鎖してて立ち入り禁止なんだってよ。しかもこっからいろいろ謎なことなんだがよ……」


 カケルはすこしうつむいて声を潜める。まるで今から誰かに聞かれてはまずい、秘密なことでも話そうとしているかのようだ。


「こういう怪獣が暴れてる動画、昨日から今日までの間に結構上がってたんだけど、全部運営から消されてるんだってよ。この動画もオレが偶然ダウンロードしてたから手元に残ってるってわけ」


 タツミはそう言われて動画の画面を見る。確かに今この動画はSNSアプリに備え付けられている再生機能で再生されているのではない。ダウンロードした動画を再生するアプリを使っているようだった。


「それに何よりこいつ、どう見たって〈サベージウィーゼル〉のランク上げた後の姿だろ? だからなんかいろいろと噂が流れてるんだよ。この騒ぎが〈スタースピリッツ〉と関係あるかもしれねえって。なんかいろいろ裏がありそうだろ?」


 カケルはニヤニヤと何か面白そうなものを見つけたというような表情で話す。そしてその口ぶりからするに彼もまた〈スタースピリッツ〉を遊んでいるんだろうとタツミは推測する。


「へ、へえ……」


 タツミはどう返答していいかわからず、こんな感じでしか返すことができない。何も話すなと昨日あの少女から口止めされていたためである。


 そんな折、タツミのスマホが小さく振動した。メッセージアプリに通知が来た合図だ。ポケットからスマホを取り出して誰から来たものか確認する。


 その少女――朝桐ユイからだった。


 メッセージアプリを開いて、どんな言葉が送られてきたのか確かめる。


『今日のこと、覚えてる?』


 タツミは自然と視線をユイの方へと向けていた。ユイも元からどんな反応をするか気にしていたようで、自分の席からタツミの方をちらっと見ていた。


『もちろん』


 タツミがこう返すと、ユイはスタンプで返してきた。アプリに元から備え付けられているスタンプで、真っ白なシルエットのキャラクターが『よろしい!』と腕を組んで偉そうに頷いている絵柄のものだ。


 ユイが少し口元を緩めて微笑む。それからは喋りかけてきた女子と話し始め、タツミの方には一切何も送ってこなくなった。ただ覚えているか確認したかっただけらしい。


「どうした?」


 そんな様子を横から見ていて、カケルが尋ねてくる。


「いや、別に何もないよ」


 タツミがこう答えると、「そっか」とカケルもそれ以上尋ねてこなかった。


「まあ知らなかったってんなら、巻き込まれたってわけでもねえってことか。じゃあ一体何やらかしたんだよ?」


 カケルは今度はこう尋ねてきた。しかし口調は軽く、訝しげというよりも興味本位でちょっと聞いてみただけという感じだ。


 しかしそこで始業のチャイムが鳴り、ほぼ同タイミングで担任の女性教師が中に入ってくる。


「はーい、ホームルーム始めるわよー」


 教師は手をパンパン手を叩いて席に座るよう促す。二人も自分たちの席に向かい、カケルは「後で聞かせろよな」と言って座る。


「さー、出欠取ってくわよー」


 担任の気の抜けたような声が教室に響く。


 タツミは出席番号一番である『朝桐ユイ』の名前が呼ばれると、ユイの座っているほうを何気なく見つめる。


 見た目は普通の女子だ。担任の声に応じる姿も至って真面目な小学生といったふうである。気さくな人柄だということも昨日の教室でのカケルとの会話ですでにわかっている。特に悪目立ちするだとかそういうところは一切ないように思われる。


 しかし裏では架空のキャラクターであるはずの〈スピリット〉とともに、あの〈怪獣〉に立ち向かっている。このことを知るのはこのクラスでどれぐらいいるのだろうかとタツミは考えに耽る。


 一体何者なのだろうとタツミは思う。そしてそんな得体のしれない相手と今日、タツミは一緒に行動することになっていた。


 どうしてそうなったのかは昨日の、〈怪獣〉を倒した後にまで遡ることになる。

 

 

 

 ユイは〈ソウルブラスター〉の銃口を〈怪獣〉だった〈サベージウィーゼル〉に向ける。それはさっきまでの巨躯からは考えられないほどに小さくなっていた。それこそ、見た目が似ているカワウソやイタチほどの小ささにまで。


 タツミはにわかには信じられなかった。こんなに小さな生物がさっきの凶暴な〈怪獣〉であったこと、そしてゲームの架空のキャラクターであるはずの〈スピリット〉が目の前にいることに。


 縮んでいる〈サベージウィーゼル〉は見事に目を回して気絶していた。ガブの爆発を伴うような炎の直撃のせいか、毛皮が黒く焦げている。ただそれでもちゃんと生きているようで、ガブの言ったスピリットは頑丈だという言葉は本当のことなんだとタツミは実感する。


 ユイは〈ソウルブラスター〉の引き金を引く。すると銃口から蒼い光が射出され、その光が気絶している〈サベージウィーゼル〉を包み込んでいく。〈ソウルブラスター〉に装着されたスマホには、ゲーム〈スタースピリッツ〉の捕獲画面と同じような空のゲージが表示され、そのゲージが埋まっていくごとに光に包まれたスピリットの輪郭がなくなっていく。そしてゲージが満タンになり、捕獲完了の文字が表示された時、目の前のそれの姿は完全に消えていた。


「よし、これで大丈夫」


 安堵するユイとは対照的にタツミはびっくりしていた。


「ちょ、さっきのアイツ、どこ行ったんだよ!?」


 取り乱しているタツミに比べてユイはあくまで冷静に、


「肉体をデータに変換して〈ウチ〉のサーバーに転送したの。その後は体の状態とかを確認した上で〈スピリットワールド〉に送り返すことになってる」


 と返す。

 

 肉体? データ? 保管? 送り返す? などと様々な疑問がタツミの中で噴出する。しかし隣のガブは、


「データ、ってのが何なのかよくわかんねえが、とりあえずどっかにスピリットを保管してるってことか」


 とわかっていなさそうであってもユイの言葉を読み取って口に出す。


「まあそんなとこね」


 そして当のユイは完全には理解されないことは最初からわかっていたようで、大体合っているというニュアンスを含んだ答えを返す。


 ただやはりタツミは納得できない。確かに〈怪獣〉は倒した。しかしわからないことが多すぎた。ユイに尋ねたいことは山程ある。

 「あ、あのさ……」


 だがタツミがユイに声をかけようとした瞬間に、〈ソウルブラスター〉に装着されたユイのスマホの着信音が鳴った。電話だったらしく、ユイは慣れた手付きでそれからスマホを取り出すと画面を一回タップしてスマホを耳に当てる。


「もしもし……」


 少しの間、電話の相手と話し込む。一体相手は誰なのか、何のことを話しているのか、ユイが少しタツミから離れた上に声を潜めているためにわからない。ただ時折タツミのほうをちらっと見ているので、もしかしたら自分のことを言っているのかもとタツミは考える。


 それからしばらくしてユイは電話を切り、タツミたちのところへ戻ってくる。


 ユイは何と言ってくるのだろう。何を話し合っていたのだろう。タツミはその内容を伝えられるのかもと思い、息を飲む。


「ありがとう。今日はいろいろ助かっちゃった」


 タツミは拍子抜けした。力が抜けてへたり込みそうになったが、なんとかこらえる。確かに礼を言われて悪い気はしないが、肝心なことを言われないためにむず痒さを感じる。


「あー、そのことなんだけど、まだいろいろとわかんないことが多すぎて……」


 タツミが尋ねようとするが、ユイもそう言われることも予期していたらしく、


「確かにそうかもしれないけど、今は場所が悪いわ。後、時間も」


 と言って空を指差す。すでに日が暮れて月が空に上っていた。


「実を言うと、さっきの電話も星野くんのことについてなの」

「オレの?」


 意外そうに答えるがタツミはやっぱりと思った。しかし自分の知らないところで知らない相手と、勝手に自分の話をされているのはやはり気味が悪い。


 そんなことを思っているのを知ってか知らずか、ユイは続ける。


「今日のことだったり、星野くんの身に起こったこととか、わたしよりももっと詳しい人がいるの。明日の放課後、その人に会いに行ってほしいんだけどいいかな?」


 明らかに怪しいとタツミは感じた。こんな非現実なことにユイよりも詳しい人が果たしてまとまな人間なのだろうか。


 ただユイの言葉には怪しい裏があるようには感じ取れなかった。あくまで教室でカケルと話している時と同じような気さくな感じで言ってきている。つまりユイはその人を信用しているということだろう。ならついていっても大丈夫かもしれない。


「わかった」


 タツミは頷く。やはりわからないことははっきりとさせたい。ユイが今答えてくれないということなら、その詳しい人とやらに聞くしかないのだろう。


「じゃあ明日の放課後、絶対に忘れないでね」

「ああ」


 それから連絡用にメッセージアプリでフレンド登録をしたり、家に帰ってからのガブの扱いだったりのレクチャーを受けてから、彼らは別れたのだった。

 


 

 そうこうしている内に、特に変わったことも起こらず、正午過ぎに今日の授業が全て終わった。新学年最初の一週間は短縮授業になっているためだ。


 教室のあちこちから帰ったらどこそこに集まろうなどという声が聞こえてくる。タツミはユイの姿を探すがすでに教室を出ているようでどこにもいない。外で待っているということなのだろう。


 タツミもゆっくりはしていられないと思い、急いで片付けを済ませて教室を出る。玄関の靴箱でユイの場所を確認する。すでに上履きが置いてあり、外にいることがわかる。タツミは校庭に出て周囲を確認するが、どこにもユイらしき人影はない。


 校門から出たのかと考え、校門を出てすぐのところでもう一回周囲を確認する。するとこの場所から少し離れた、人気の少ない場所に彼女はいた。


 タツミは少し早足でそこに向かう。


「遅くなってゴメン」


 タツミは一言謝る。ほとんど遅れてはいないが、一応言っておいたほうがいいように感じた。


「ううん、全然大丈夫」


 ユイもあっけらかんとした感じで言う。あまり気にしていないようだった。


「で、どこに行くんだよ?」


 早速本題に入ろうとタツミが話題を振るが、ユイは、


「迎えが来てくれるから、それまでもうちょっと待ってて」


 と言う。


「ガブも連れてきてるよね?」


 そしてユイはこう続けた。


 言われたタツミはポケットからスマホを取り出し、〈スタースピリッツ〉を起動する。


 その瞬間、画面が真っ白に光り出し、画面からスマホの真下に何かが出てきた。


「や、やっと、出られた……」


 ずんぐりむっくりな蒼い体に背中に生えたたくましい一対の翼。〈カエルラドラゴン〉のガブだった。が、昨日のような威勢はなりを潜め、かなり息が荒い。


 ユイがそれを見てにわかに慌て出す。


「ちょ、何勝手に出てんのよ!」


 ユイがきつい口調で言うが、ガブも負けず劣らずの調子で反論する。


「あんな窮屈なところに閉じ込められて我慢できるわきゃねえだろうが!」


 ガブはさっきまで自分のいたタツミのスマホを指差す。


「でもフィンは全然文句も言ったことないんだよ!? 快適だって言ってたし!」


 ユイは自分のスマホの画面をタツミとガブに見せる。それは捕まえたスピリットのステータス表示画面にそっくりだったが、明らかに違うところがあった。それは表示されているスピリットのモーションだ。普通のステータス画面だと何パターンかの決まったモーションしかとらず、タツミも〈ウィリデサウルス〉を持っているため、どういうモーションをするのかは覚えていた。しかし今表示されているフィンだという〈ウィリデサウルス〉は見たこともないモーションをしていた。


「他の奴のことなんて知るか! あんなとこ二度と入りたくねえからな!」

「いや、それはオレとしてはだいぶ困るんだけど……」


 タツミはため息をつく。


 昨日ユイからレクチャーされたガブの扱い方というのがこれだった。〈スタースピリッツ〉のアプリにはさっきまでのガブのようにスマホの中にスピリットを収納する機能があるということだった。実は昨日一回試しにやってみて、ガブは同じような文句を言って入りたがらなかったのだが、入らないとご飯を上げないと脅してなんとかガブを入れることができたのだった。


「と、とりあえず目立たないようにどっかに隠れて!」


 そうしてユイが急かすと、


「じゃ、じゃあここに入るか?」


 とタツミはランドセルを開ける。ちょうどガブが入れそうなスペースがあった。今日はまだ短縮授業だったためそれほど教科書も必要なかったからだ。


「余計に狭いじゃねえか!」

「今だけだからさ!」

「ったく、しゃあねえなあ……」


 ガブがランドセルの中に飛び込むと、タツミは蓋をかぶせる。しかし錠前は留めなかった。これで少しは窮屈さについてはマシになるだろう。


「こ、これぐらいなら大丈夫か。――ところで、家の人とかにこの子のこと、話したの?」


 ユイが尋ねてくる。


「いや、なんとかスマホの中に隠れてもらってやり過ごした」


 タツミはこう答えたが嘘である。本当は昨日タツミが起きている間には帰って来ず、しかもタツミが起きる前から出勤していたので昨日の夜から今日の朝まで一度も恵とは顔を合わせていない。晩ごはんも実は恵が朝から用意していたようで、そのためガブに飯抜きにすると脅すことができたのだった。


(まあ父さんのこと話すと面倒だしな……)


 嘘をついたのはそれが理由である。いちいち説明して落ち込まれるのは何度も経験しているので、タツミ自身あまり家のことを話したくないのだ。


 そして数分待った後、彼らの目の前に白い自動車が止まった。いわゆるセダンタイプで、街でよく見かけるタイプだ。


 ユイは運転席を覗く。そしてその姿を確認した後、タツミの方を振り返る。


「迎えが来たわ。行きましょ」


 躊躇いなく、彼女は後部座席のドアを開けて中に入る。


 本来なら誘拐犯か何かかとタツミは警戒するところで実際怪しさ満載だったのだが、ユイが普通に乗り込んだのを見て大丈夫なのかと思って同じように後部座席へと乗り込む。


 ドアを閉めると、二人を乗せた車はゆっくりと発進した。

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