ACT5

『何の用だい?僕はこれから重要な会合に出なけりゃならないんだが』


 電話の向こうで山中議員は明らかに迷惑そうな声を出した。


『ご依頼の件ですよ。片付きました。ついてはご報告をしなけりゃならんと思いましたんでね』


 俺が言うと、彼はまだ何やらグダグダくりかえしていたものの、ようやく、


『分かった。じゃ、30分だけだよ』と、


 場所は『永田町近くの喫茶店』を指定し、ガチャンと受話器を切った。




 その喫茶店はあまり人気のない、と言えば聞こえはいいが、まあ、はっきり言えば普段からあまり客足の少ない店だった。

 

 世間体を気にする奴のような人間が、こんな店を指定したのは何となく理解ができた。


 店の中はどことなくかび臭い匂いが漂っており、安っぽいイージーリスニングがだらだらと流れている。


『・・・・これが報告書です。中身を読んで頂ければ分かると思いますが、貴方が心配していたようなことは何一つありませんでした。要するに「誰か」が、貴方を恐喝していたという事実はあり得ないというわけです』


『・・・・』


 山中議員は明らかに不快そうな表情を見せ、報告書を受け取った。苦い顔をして頁を繰る。


『そう、貴方以外はね』


『な、何が言いたいんだ?!』


 彼は向かい合わせに座った俺の顔を睨みつけた。


『こいつを聞いてください』


 俺はICレコーダーを取り出してスイッチを押した。


 あの『自称・フリージャーナリスト』の声が流れてくる。


『この男は、あんたに金を積まれて頼まれ、偽のスキャンダル写真をでっちあげた。俺に依頼するときに見せたあの写真を写したのは、つまりはあんたが仕組んだものだってね』


『な、何を・・・・』


『あんたは小田二等陸佐の夫人に結婚前から横恋慕していた。しかし見事に振られた。挙句は彼女が自衛官である小田二佐と結婚なんかしたから、その憎しみが増幅したってわけだ。』


『ふざけたことを言うな?!仮にも僕は国会議員だぞ!そんな個人的感情で』


『じゃ、こいつは?』


 俺は小田夫人から託された封筒をテーブルに置いた。


『中にはあんたが小田夫人に宛てた、世にもいけすかない、下品な手紙が入っている。これだって立派な証拠になると思うんだがねぇ?』


『・・・・幾ら欲しい?』


 山中議員は声を震わせた。


『何をいってるんだ?あんたは俺の依頼人だろ?依頼料と必要経費・・・・ああ、今回の依頼は契約とはちょっと違ってしまったんだから、そっちはなしにしておく。必要経費だけ支払ってくれればそれで良しとしようじゃないか?』


 俺はテーブルの上のICレコーダーのスイッチを切った。


『その手紙は欲しかったらやるよ。彼女はそんなもので貴方を脅すつもりなんかありませんとさ。じゃ、これが必要経費の請求書だ。ちゃんと払ってくれないと、こいつがモノをいうぜ?』


ICレコーダーをポケットに戻すと、俺はコップの水を飲み干し、椅子から立ち上がると、奴を残して店から出た。

 

 俺はこの稼業について、初めて依頼人を裏切ったというわけだ。


 まあいい。


 後ろめたい思いをしてまで、金なんか稼ぎたくない。



                                  終わり


*)この物語はフィクションです。登場する事件、人物その他は全て作者の想像の産物であります。


  


 



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傲慢な依頼人 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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