ACT4

 O県は、俺の生まれ故郷のすぐ近くだ。


 そこにある陸自の駐屯地に隣接しているアパートに彼は住んでいた。


 幹部自衛官になったんだから、少しは立派な一戸建てにでも住んでいるのかと思っていたが、意外と質素なものだ。


 その日、彼は非番だったということもあって、平日にも関わらず運よく在宅していた。


『そのことについては、私からは何も言うことはありません。山中議員に喰ってかかったのは事実だし、喧嘩の一歩手前になったのも本当ですから。』


 和服姿で俺を座敷に招き入れた小田二等陸佐は穏やかな、それでいて威厳ある口調で答えた。


 曲がりなりにも俺だって自衛隊に籍を置いた人間だからな。

  

 昔の軍人じゃあるまいし、自衛官にだって色々なタイプがいるものだが、こんなに型にはまったようなのがいたとは思わなかった。


『しかし山中議員のスピーチは、かなり酷かったようですな。』


 俺はICレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押した。


 馬さんがネット上で拾ってきた議員のスピーチを聞かせたのである。


 確かにひどい表現だった。


 元自衛官だということを抜きにしても、俺だってその場にいたら殴り掛かっていたかもしれない。


『それだけじゃないんです』


 お茶を運んできた二佐の妻が、口を切った。心の中にためて居たことを吐きだそうとしているかのようだった。


『あの男・・・・いえ、山中さんは、私と高校時代同じ学年にいました。私は別に何とも思っていなかったし、むしろああいうタイプの男性は好きじゃなかったんですけど、でも何度かデートに誘われたり、断ってもラブレターを渡してきたり・・・挙句は・・・・』


『もうそれ以上は止めなさい』二佐がそこで妻を止めた。


『乾さん、昔のことがどうであれ、議員がどう思っていようと、今回の事は全部私に責任がある。それだけですよ』


『失礼ですが、山中議員を恐喝したなんてことは・・・・』


 彼はちょっと眉を動かしたが、静かに笑って、


『そんな陰湿な真似を私がすると思いますかね?議員を憎んでいるなら、あの時誰が止めたって殴っていましたよ。』


 もっともだな、俺も思った。この人の言葉に嘘はあるまい。

 

 これ以上聞くこともないな。そう思った俺は、礼を言って立ち上がった。

 


玄関まで見送ってくれた際、夫の目を盗んで、二佐の妻が俺にそっと一通の大きな封筒を手渡し、目くばせで、


(お願いします)


 と、合図を送った。俺は黙ってそれを受け取り、小田家を辞去した。



 東京に帰ってから、次に俺が訪れたのは、あるフリージャーナリストのところだ。


 ジャーナリスト、なんて言えば聞こえはいいが、何のことはない。


 ネタになりそうな記事を自分で拾い集めては雑誌や新聞に売りまくって、それをメシの種にしている売文屋の類である。

 

 時によっては、ありもしない事実をでっちあげることだってしてのける。


『あんた、俺がしゃべったことをサツにチクるつもりかい?』


 確かに小悪党だ。


 上目遣いにこっちを見る表情なんか、まったくもって映画に出てくるその手の人物そのままである。


『さあ、どうかな・・・・それもこれも、あんたが素直に俺に喋ってくれればの話だ』


 俺は黙って奴の目の前でレコーダーのスイッチを入れた。


『今からひと月ほど前かな。俺の所に奴から急に電話があってさ。俺だってあんな立場の人間が、急に連絡してくるなんて思ってもいなかったからびっくりしたよ』


 向こうはフリージャーナリスト氏に、相場よりかなり高額の金を提示して、あることを頼んだ。


『何しろその頃の俺は競馬で負けがこんで、危ないところに随分借金をこさえちまってたからな。そんな金を目の前に出されりゃ、ふらふらッと来立って仕方がないだろ?』


 俺は奴の言葉を無視し、黙ってシナモンスティックを咥えた。


『で、お前さんはそれに乗っかったんだな』


『ああ』


 意外と素直に奴は認め、その手順についてべらべらと喋った。


 しかしこんな口の軽い人間がジャーナリストなんて、偉そうな名前を名乗れるもんかねぇ。



 







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