ACT3

 俺は市ヶ谷の防衛省の中にいた。


 ここはそれでなくても警察と並んでマスコミ嫌いでガードが堅いので知られている。


 例えブンヤだのジャーナリストであっても、部外者は余程のことがなければ滅多に中まで入れてくれない。


 しかしなんだな。


 こういう時に、自分の過去の経歴って奴が役に立ったりするものだ。


 今の防衛大臣の秘書室長が、俺の空挺時代の上官になっていた。


 格別上手く行っていたという訳ではないが、そこはそれ、命令する者とされる者とはいっても、一時は同じ釜の飯を喰った仲と言う奴で、


『私的なことだけに限ってなら』という条件付きながら、面会に応じてくれた。


 久しぶりに顔を合わせた彼は、あの頃の刺々しさはどこへやら、すっかり恰幅が良くなって、自衛官らしからぬ、制服がパツパツになっていた。


『まあ、お前さんのこった。情報(ネタ)を滅多に悪用したりせんと信じているから喋るんだぜ』


 嫌に勿体をつけた喋り方で、彼は口を切った。



『山中静夫(と、彼ははっきりと肩書を付けずに呼び捨てだった)なあ・・・・確かにあいつを好く人間は恐らくいないだろう。』


『お前さんも知ってるだろう。あいつは選挙区が千葉県でな。度々習志野にも押しかけてきては、愚にもつかん質問をしたり、肩書を振りかざして、あれを教えろ、これを話せ。じゃないとまた国会で問題にしてやる・・・・という有様だ。』


『彼が陸自の幹部自衛官の女房に振られて、それで逆恨みしてたという話もあるんですが、知ってますか?』


 俺の言葉に彼は苦笑しながら煙草を咥え(省内はどこも禁煙なのだが、彼はそんなこと気にもしちゃいないみたいだ)、苦虫をかみつぶしたような顔をして答えた。


『本当だよ。ここだけの話だがな・・・・小田って二等陸佐だ。彼の妻が高校の同窓生か何かで、それが原因らしい。』


 自分が去年まだ習志野にいた時だと前置きしてこんな話をしくれた。


 毎年正月明けに、第一空挺団では、


『訓練降下始め』という、言ってみれば年明けの儀式みたいなものを催す。


 この時には近隣の住民やら、マスコミ、そして地元選出の国会議員もゲストとして招待するのだが、その時にどういう訳か山中議員もいた。


 自衛隊廃止論で名が通っている野党議員のところに誰が招待状なんか出したんだと、後で随分揉めたらしいが、来てしまったものは

『帰れ』ともいえない。


 一通り訓練を終えて、来賓からの祝辞を述べて貰う時間があったが、その時に、

『海外派遣の違法性』だの、

『自衛隊の家族になるなんて』

だの、愚にもつかんスピーチをしたのだそうだ。



 セレモニーの後のパーティーで山中議員に食って掛かったのが、当日警備の応援に来ていた小田二等陸佐だったという訳だ。


『一時は酷く険悪な空気になってな。あわや掴み合いというところまでいったんだが、周りの人間が止めて、事無きを得たんだよ』


 しかもである。



 当の山中議員、自衛隊側が穏当に収めようとしたのをいいことに、一方口でツイッターでこの件を、小田二佐と自衛隊側にだけ非があったように触れ散らかしたものだから始末に負えず、結局二佐はけん責処分と減給になったという。


『そんなことがあったんですか?』


『結構有名だったぞ。お前さん、知らなかったのか。』


『新聞は殆ど読みませんし、ネットは面倒くさいので殆どやりませんからね・・・・で、どうなりました?』


『小田は元々言い訳の嫌いな男だから、黙って処分を受け、山上議員はあのまんまさ・・・・俺も現場にいたから、奴の怒りは分らんでもない・・・・』


元上官は、苦い顔をして煙草をもみ消した。


 



 







 

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