第6話転移3
年齢は石津と同じ位だろうが?
鋼のような色合いの黒髪を短く刈っており、かなりの長身で190近くある。剥き出しの上半身はよく日に焼け、鎧のように筋肉の層が積み上がっていた。髪と同じ色の瞳は切れ長で刃物のように鋭く、整いつつも雄々しさを感じさせる顔立ちをしていた。
どこか鉄のように無機質な印象の青年だが、石津を気遣うような柔らかな視線を彼に向けていた。
「daijoubu,daijoubu」
鉄の青年は、何度も同じ言葉を口にしている。
扉を背にした石津と向き合った鉄の青年は、一歩ずつ彼の様子を確認しながら前進し、3メートル程近付いて足を止めた。石津が恐怖を感じる距離、ギリギリで止まったのだろう。
「daijoubu」
石津には言葉の意味が分からなかったが、鉄の青年の表情や真剣な瞳を見ているうちに【安全】を意味する言葉だと理解した。人が使用する言語には抑揚等に共通点があり、怒りや危険、喜びや悲しみ程度の感情は使用言語が違っていても、なんとなく分かるものだ。
「daijoubu?」
「daijoubu」
石津が言葉を繰り返すと、鉄の青年は同意するように深く頷いた。そしてこれまたゆっくりと石津を指差し、次に自分を指差し笑顔を浮かべた。それは素なのかわざとなのか、ギリリと金具が軋むような不自然な笑顔で、正直に言うと子供が見たら泣きそうな物だった。
鉄の青年は何度もその笑顔を繰り返し、懸命に石津に何かを訴える。未だに頭に血が上った状態の石津であったが、鉄の青年が訴えたい事は【傷付けるつもりがない】という事だと分かった。
「daijoubu?」
「daijoubu」
石津が再び鉄の青年の言葉を繰り返すと、鉄の青年は力強く言葉を復唱し、そのまま流れるように跪いた。
手の位置や角度等の細かな部分は違うものの、それはまるでヨーロッパの騎士が服従を示す動作のようだった。青年の動きは一分の隙もなく、気品と堂々とした風格に溢れている。
それを見て他の男達がどよめくが、振り向いた鉄の青年が彼等を見つめると、男達は青ざめて口を閉じた。石津の角度から鉄の青年の顔は見えなかったが、よっぽど恐ろしい表情だったようだ。
「daijoubu」
視線を戻して再び石津を見つめた鉄の青年は、先ほどと同じく柔らかな視線を彼に向ける。その端正な顔を間近で見た石津は、まるで生まれたての雛を見ているようだと思った。
鉄の青年は、もう一度だけ異国の言葉を繰り返し、一拍置いて石津に左手を差し出した。まるでプロポーズをしているような姿勢だが、おそらくパニック寸前の石津を気遣ってのメッセージだ。
【自分達は危害を加えない。信用してくれたならば、この手を取ってくれ】
おそらく、鉄の青年は石津にそう伝えたいのだろう。いかせん成人男性にするには気障な気遣いな気がするが、だからこそ頭に血が登った石津を少しだけ冷静にさせた。
全く意味不明で不可解な状況で、部屋にいる男達が何者で自分がどんな立場なのか分からない。だが、目の前の青年は自分を気遣ってくれており、彼の事は信用して保護を願ってみても良いんじゃないか?
ガチャン
覚悟を決めた石津が、鉄の青年に向けて手を伸ばそうとした時だった。後ろで重い金属音がしたと思ったら、服を強い力で掴まれて石津の体が浮いた。
そして、そのまま乱暴に後ろ向きに引き摺られ、伸ばした手は鉄の青年の手を握ることなく空を切った。
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