第5話転移2
「は?」
突然の出来事に、石津の口から間抜けな声が漏れた。咄嗟に部屋に帰ろうとしたが、振り返った先は見慣れない木の扉だった。
目の前の扉は、使い込まれた焦げ茶色の木材に、変色した古風なドアノブが付いている。明らかにアパートの扉ではないドアノブを、石津はガチャガチャと力一杯回したが開かない。どうやら鍵が掛かっているようだ。
「え?ちょ、ちょと待って。へ……?」
ドアノブをいじくり、ようやく扉が開かない事を理解した石津は取り敢えず右を見てみた。十人程の半裸のムキムキがこっちを見ており、全員が緊張感溢れる表情を浮かべていた。顔面偏差値が滅茶苦茶高く、微妙にイラッとした。
その後ろには、五人の半裸の少年達もいた。
こちらも美形揃いで、ここはジャ○ーズの養成所かな?と馬鹿なことを考えた。
更に左を見てみた。
刃牙系ムキムキが五人いた。
五人の益荒男どもは、何故か壁を向いて立っていた。綺麗に整列して壁を向いている男達は、二メートルを超える巨漢ばかりで、背筋が物凄く鬼がいた。
とりあえず、石津の脳裏からジャ○ーズの可能性が消えた。
「……?」
ふと、足元に違和感を感じた石津が視線を落とすと、室内にも関わらず土が見えた。まるで相撲取りが稽古する部屋のように、土が敷き詰められているのだ。理由は分からないが、何故か床の上には剣や斧やらが散乱していた。
「靴……、何処いった?鞄も、何だこの服!?何だっ、ドッキリか?」
この時、己の足を見た石津は、自分が靴を履いていない事に気が付いた。いや、それどころか身に付けている物が全く身に覚えのない物だった。
石津が見下ろした己の体は、レースと純白の絹で出来たフード付きの衣装を身に付けていた。洋服のとも和服ともとれる見たことのないデザインの服は、まるでファンタジーのコスプレだ。しかも、装飾品もついているらしく、動く度にシャラシャラと金属音がした。視界がおかしいと思った石津が顔に手を伸ばすと、目元にツルリとした感触がした。どうやら仮面を被っているらしい。
理解出来ない状況に、石津は何かのテレビ番組だと思った。
それならば悪質過ぎる。仕事前の自分を気絶させて、服を着替えさせて、無断で移動させるなんて、一般人にする事じゃない。普通に拉致監禁だ。
「くそっ、おいっ、やりすぎだろ!」
石津は目の前の男達がスタッフだと思い、怒りのあまり怒鳴り付けるが、男達と少年達は両手を掲げるポーズをすると動かなくなった。彼等も困惑しているようで、秀麗な顔に戸惑うような表情を浮かべていた。そして、何故か巨漢の男達は、相も変わらず壁を向いたまま微動だにしない。
非常に不気味である。
この時、石津は部屋にいる全員が外国人である事に気が付いた。こんがりと日焼けした彼等の骨格や顔立ちは、明らかにアジア人ではない。だからと言って白人や黒人といった、石津が知っている人種とも思えない見たことのない人種だ。
それに気が付いた瞬間、途端に恐怖がわき上がった。
そもそも、この状況自体がおかしすぎる。ドッキリだとしても、変哲もないスーパーの店長を騙すにしては手が込みすぎている。
そもそも、一体何が目的何なんだ?わざわざこんな服を着させて、何の説明もなく放置するか?此処は何処だ?男達は誰だ?何か犯罪に巻き込まれたか?それでもおかしい。特別なスキルも財産もない男を拐って着せ替える犯罪の目的はなんだ?
疑問ばかりが次々に脳裏を駆け巡る石津は、今現在自分が置かれている状況に理屈だった予想を立てる事ができずにいた。
「来るな……俺に近付くな!」
理解不能な状況下に放り込まれた人間は、攻撃的になるか萎縮するかだが、石津は前者だった。
目の前の男達を睨み付けて拳を握り締め、相手が不審な動きをしたら先手で動こうと構える。だが、目の前の男達は明らかに彼よりも鍛え上げられた体をしている。特に壁を向いている巨漢達の体は、岩のような筋肉に覆われている。彼等に襲われたら、石津はたちまち磨り潰されるだろう。
石津の体内ではアドレナリンが過剰に分泌され、腹の辺りがカアッと熱くなる。まるで膜が張ったかのように視界が歪み、心臓の音がドクドクと大音量で聞こえていた。
硬く体を縮こまらせ、まるで怯えた猫のようになった石津。その緊張と混乱により、彼の理性がプツリと切れそうになった時、救いの手が差し出された。
「daijoubu」
聞こえたのは異国の言葉。
当然、石津は理解できなかった。だが、その声があまりにも優しく穏やかだった為、縋るようにして思わず声の主を探した。
「daijoubu」
集団からゆっくり歩み出て来たのは、髪も瞳も黒い、鉄のような青年だった。
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