第4話 転移1
「えーと、まずは店舗の外周を確認して、どうせ禿から馬鹿みたいな量のメール来てるだろうから……」
朝の爽やかな空気の中、既に出勤用の服に着替えていた石津は、朝食の準備をしながら仕事内容を確認する。
朝食の準備をしながらその日の仕事を予測し、最初から終わりまで口に出すことは彼の習慣だった。
当たり前だが、予測の通りにいくことはまずない。だが、ある程度の心構えをするという事は、石津の精神構造に会っており、この習慣を始めてからトラブルに慌てる事は少なくなったように感じていた。
「山田さんは休みかもしれないからなぁ、インフル流行ってるし、念のためにシフト確認するか」
昨晩、早退した主婦の事を口にしながら、石津は手早く食パン二枚にたっぷりバターを塗ってハムと一緒に焼く。食パンを焼いてる間に、冷凍庫から取り出しジップロックごとレンジに投入し、温めたブロッコリーを食パンと同じ皿に積み上げた。
「新人……バングラデシュ人かぁ。インド人トリオ達がいるから言葉は大丈夫だけど、先ずは品出しからやらせて施錠までだな。よしっ」
ストーブで温めていたヤカンからお椀にお湯を注ぎ、コーンスープの元をぶちこみ朝食が完成だ。
それと同時に予定の確認も終わり、石津は食卓に着いてテレビの電源をつける。
電源を点けた瞬間、画面に映ったキャスターが時報と同時に占いコーナーの始まりを笑顔で告げる。朝の占いコーナーを見ることは、石津にとって朝一の運試しであり、結果次第では1日のポテンシャルが変わる。
更に今年の春から新しいキャスターになった女性アナウンサーが石津の好みであり、朝の憂鬱な気分を癒してくれる清涼剤となってくれていた。
「頂きます」
パンっと手を合わせると、皿の上のトーストにかぶりつく。よく焼いたパンの焼き目が舌先に触れ、バターのコクと厚めのハムの脂身が一体となって口腔内に広がる。油っぽくなった口の中にブロッコリーを放り込めば、ブロッコリーのホクホクとした食感が口の中を一新してくれる。
口の端から垂れたハムの脂を指で拭いながら占いを見ていると、最後に魚座と射手座が残った。どちらかが最下位でどちらかが一位ということだ。思わせ振りに女性キャスターが言葉を溜め、BGMが盛り上がる物になり、魚座の石津も思わず身を乗り出す。
「今日はごめんなさい!最下位は魚座の貴方。昔のトラブルが再発して追い掛けて来るかも。慌てないで落ち着いて周りを見るようにしましょう。ハッピーアイテムは腕時計!タイムスケジュールを大切にして1日を乗り切りましょうね!」
「ありゃま」
画面の中の女性キャスターが、謝る必要もないのに両手を合わせて残念そうに最下位の星座を告げる。自分の星座が最下位である事を告げられた石津だが、一見するとクールビューティーな女性キャスターが可愛らしく励ましてくれて、逆に最下位になって得になった気分になる。
茜という名のキャスターは、きつめの印象の和風美人であり、気の強いキャリアウーマンといった風情なのだが、時折見せる可愛らしい動作で人気がある。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
「茜ちゃんもああ言ってるし、少し早目に出るか……」
皿を洗い出勤の準備を終えた石津は、腕時計を確認して呟く。いつもはキリの良い時間までゆっくりするのだが、女性キャスターのアドバイスに従いそのまま出勤する事にした。
コートを羽織り仕事用の革鞄を持った石津は、片手に鍵をぶら下げながら玄関の扉を開ける。
何時もより僅かに早く部屋から出た。
それ以外はごくごく普通の、三年前に彼がスーパーの店長となってから繰り返している日常だった。何時もならば扉を開けた先には汚い廊下が広がり、駐車場に停めている中古だが頑丈な軽の愛車に乗って職場に向かう筈だった。
だが、彼が扉を開けた先に広がっていた光景は、見慣れた蜘蛛の巣だらけの廊下ではなかった。見知らぬ部屋の中に筋骨隆々の半裸の男達がひしめく、全力で遠慮したい暑苦しい光景だった。
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