第27話

 8月5日。


 今日殺される運命にある女性は8:00に起きた。レンタカーの予約は9時からだが、その店舗まで電車で少しかかる。だから早目に目覚ましをかけたのに、と昨日の自分に文句を言いながら海に行く用意、といっても泳ぐわけでもないが、を済ませ、駅の方まで歩いていく。まあまあの時間管理だと思いつつ電車に乗ると、駅前のコンビニで朝ごはんを買えばよかったと思うが、今時コンビニなんてどこにでもある。

 今日殺す運命にある男性はもっと早く起きていた。パソコン越しにコンビニを見つつ、スマホ越しにお守りの行方を追っていた。耳からは男どもの家の音とお守りが集めた音を聴いていた。

 杉崎店では予定通りレンタルの客が来て、車たちの中ではベテランの車が借りられていった。きれいな青色も手伝って、昔から、人気の筆頭だった。

 エイトイレブンでは、眠いバイトが目をこすっていた。なんでまだ、ここは24時間営業なんだよ、やっぱりほぼ誰も来なかった、やっぱりと思いながら、フェイスアップとか呼ばれる作業をしつつ、つまり、商品を前に持ってくるだけだが、おにぎりの個数に違和感を覚え、すぐに自分の記憶を信じてはいけないと考え直した。この時間もこの店は客があんまり来ない、暇だが、簡単にお金がもらえると言えばその通りだ。

 客が来た。女の子だ。こんな時間に何をしに来たのだろう。いや、買いものだな、当たり前だ。女の子が、棚を見て回ってるときに、急にトイレからマスクをつけた怪しい男が戻って来て、うろついていたが、青年と話し込んでいた。店員は昆布のおにぎりのバーコードを読み取る。渋いなぁ、なんて思いながら。二人の会話が耳に入り、店員は防犯カメラの業者に連絡を入れ忘れたことに気づく。潜水艦という単語も聞こえてきたが、店員はそんな単語で思い出す仕事を持ち合わせていなかった。

 青い車は、主がコンビニから出てきた後も少し駐車場にいて、主の朝ごはんが終わったころエンジンをかけてもらった。主はスマホの画面に目をやりながら、ハンドルを切っていた。

 店員はトイレから出て来た男がいそいそと残りのおにぎりを全部、買っていくのをみて、その後、それらのバーコードすべてを読み取った。夜中にもこんな感じでおにぎりを買った客がいた気がするが、それはメガネをかけた頭の回りそうな男だった気がする。

 コンビニから二人の男が出てきて、一人は何やら電話を掛けている。もう一人はその横で待っている。その後、派手な車が一台来て、トキと呼ばれている男が状況を説明している。潜水艦がどうのこうの、と、ここでも言われていた。体の大きな男は、僕ぅ、睡眠薬入りのおにぎり買うところだったのぉ、と一人、車に乗っている彼以外の人は全員すでに知っていることを嘆いていた。

 青い車は海の方に向かっていた。女性はスマホに向かって「曼殊浜 駐車場」と言いながらハンドルを切る。「伏木海 駐車場」という言葉も続き、車は目的地がどうやら定まったようだとハンドルさばきから察し、安心した。

 男は慣れないカラフルなスポーツカーの次は潜水艦か、なんて思いながら、そこに立っていた。海の水はこんなマイナースポットでも綺麗なんだな、と思い、マイナーだからこそか、と思い直した。

 青い車は駐車場に入った。車は長年の経験から、駐車場のレイアウトに違和感を覚えたが、なされるままにバックした。そろそろ、エンジンを切る頃合いだと思った時には自分の後輪が落ちていく気がした。設置されている柵の手ごたえはない。どうやら主は気を失っているようだ。その一瞬前に死を感じたようだが、そんなことを車は知らない。

 泡の立った水を眺めつつ男は、水の中に出た。海に同化するほどの車体の青さに見とれつつ、車の中に見知った少女の大人になった姿を見つける。その子を抱え、潜水艦に戻る。

 男の頭の中には様々な思いが駆け巡る。これでいいのか、という思い。これでいいのだろう、という思い。うまくいったのか、という思い。うまく行き過ぎたのではないか、という思い。自分の腕の中で眠っている少女をどうしようか、と考えかけたが、やめた。



 本番では読まなかった最後のセリフをナレーターは読み上げる。

「こちらの食パンをくわえて走る二人は自分たちが意思を持って、ぶつかりたいと思って、毎朝家を出ていると思っていますね。最後に一つ。『人は追っているときほど追われていることに気づかない』 では、ありがとうございました。」



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運命を演出します 頭野 融 @toru-kashirano

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