第25話

「私の居場所はどこ?」

「どこにいるの~」

 前もこんな感じだったので、音楽を聴くためにイヤホンをつけているのではないかと疑いたくなる。それに僕の知った曲ではない。まあ、生きているのも、起きているのも確実なようだ。殺す予定の人が生きているから安心するというのはおかしな気もしたが、よかった、ということで耳から外す。ついで思考の焦点が脳内から外れたころさっきの歌詞がリフレインかのようにぐるぐると回った。どこにいるの~ どこにいるの~ 顔を上げると、よろこばしいことに、すっかり灰色の雲は遠くに見え、悲しいことに周りの景色はすっかり見たことのないものになっていた。もう一度、現実逃避をしようかと上を見て、止めた。確かにあまり自分の知らない場所だから、少しでも横道にそれてしまうと分からなくなるのは当然と言えば当然だが、僕はタスクが山積みになっているのに集中してしまい、あたりを窺うのがおろそかになっていた。

 とりあえず落ち着こう。つい、くせでポケットに手を入れる。今は暑い夏だが。まず、周りを見渡す。割と開けているし、一本道だったようで、後ろに続く道をたどればすぐに戻れそうだ。よかった。そう分かった途端、このまま引き返すのももったいないような気がして、足はもう前に進んでいた。ラインカーとのこぎりは邪魔だから、そこに置いて。

 雨が降っていたのも忘れるのも時間の問題だろうという感じで日が差してきた。暑い。そして、僕はどこへ行くのだ。どこまで行けば引き返そうという気になるのだろうか。でも、落ち着いてみれば当たり前で、何も知らない場所を歩いたって、ここで帰ろうなんていう目印は何も思い当たらないし、現に何もない。そう思いつつ、また歩くと、海の家みたいなつくりの建物、というのは大げさだろうか、が見えた。近くまで行くと、どうやらそれは何かのスペース、秘密基地のようなもので、後ろには平屋があった。いかにも田舎、というような。だれもいないと思って、興味本位で覗こうとすると、人の声がした。反射的に隠れた。

 バカっぽそうな声だった。次は何撮るのぉ。巷では、夏休みでしょー。と。

 ちょっとは黙ってろ、豚っ。と冷めた声。

 ひどいなエンターキーは、と笑い声。っていうか、トキは?

 この会話を聞きながら、あることに気づいた。はじめの頭の悪そうな声、エンターキー、トキ、という呼称。これらはフセキ怪人のものだ。確かに彼らの本拠地は伏木海、つまりこの辺だ。彼らがここに住んでいても不思議ではない。会話からして、現在、トキはいないようだ。コンビニでの撮影を計画し、そのために動いているからいない、ということだと嬉しいのだけれど。

 だから、どこぉ。トキはぁ。

 撮影の買い出しだってよ。聞いてなかったのかよ。確かに、言ってたような、と同調する声。

 俺だけ、仲間外れかよぉ。と巨体を揺らして不満を漏らしている。

 あの、大柄がポークだったはずだ。だから、豚扱いなのか。前回のファミレスの動画で催眠薬を盛られていたのはあいつだった気がする。トキは、エンターキーは察しがよくてすぐ気づくし、クックはドッキリの協力者として強力、とかいうくだらないことを言っていた気がする。この様子だと、もしかしたら、ポーク以外の二人はすでにドッキリの計画をトキから知らされているのかもしれない。ただ、ここに隠れているのも限界だし、彼らの会話は大事な情報源だが、他にもやることはたくさんある。盗み聞きばっかりもしてられないのだ。はて、どうしようかと考えていると、またしても癪に障る声が、思考の邪魔をしてきた。

 やっぱぁ、暑いよぉ。中入ろうよぉ。

 何言ってんだよ、お前が先に外に行こうって言ったんだろ。でも、エンターキーも編集なら中でやろうよ。

 まあ、確かにクックの言う通りだ。

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