第18話
てっきり、誰もいないのかと思って、近づくと、「雨の日は危ねぇ。落ちるぞ。わざわざ傘さしてくるところでもあるめぇ。」としゃがれているが張りのある声が聞こえた。僕の返事を待たずして、「明日、あさっては俺ぁいないからな。気をつけろよ。」と声が飛んできて、おじいさんは裏口から出てきた。おそらく駐車場の管理人だろう、そう思ったころに姿はなかった。奥の山の方に家があるのかもしれない。雨が降っているから、もう今日は誰も来ないと踏んだのかもしれない。スマホで天気予報を見るとやはり、朝と変わらず明後日も雨だった。でも、どうやら今日は夕方から大雨になるらしい。はやく帰らねばと思いながら、無意識のうちに盗聴器の音を聞いて、何も聞こえないことを確認して、地図を開き、動きがないことも確認した。地図がデータを読み込みなおしたらしく、自分の現在地が示された。この辺りは入り組んでいるらしく、本当に
奥に進むなんて言うこともなく伏木海にすぐに着いた。こちらも、曼殊浜とほぼ変わらないような感じだ。どちらも何もないところに佇んでいるし。ただ、海に使う言葉でもないのだけれど、生活感が感じられた。2秒ぐらいした後に、雨の中、何をよくわからないことを僕は言っているんだろう、と自分で突っ込んで、駅に向かい始めた。帰り道は短く感じられた。それとも、自分が家に早く帰りたくて、早足になっているのか。雨が嫌というのもあるだろうが、自分はもともと、電車で海に行くような人ではないのだ。駅に着いて、次の電車は20分後という、少し都心から離れていることを感じさせるダイヤを見て、僕はベンチに座った。独特の形と色、そして座り心地の悪さ。
そんなのを感じながら、僕の意識は僕の目的の方へ奪われていた。落ち着いて考えれば―今までは考えることを意図的に避けていたのだが―自分が折原さんを殺す場所と見に来たも同然ではないか。いくら人の依頼だからって、それは正しいのだろうか。本当に折原さんが、あの依頼者の言う通りに死にたかったとしても正しいのだろうか。法で人を殺すのでさえ、賛否両論ある世の中なのだ。というか私刑の方は法で禁止されている。バレなけばよいといえばそれまでだが、そうだとしても、人が一人死ぬことには変わりない。僕の頭は自分で、始めた思考の渦に疲れて、音楽を聴こうとした。そのイヤホンから流れて来るのはバンドの演奏でもソロのアーティストでもないことを忘れていた僕は、「すいません、杉崎店ですか。レンタカーの手配を明後日にお願いしたいんですけど、どうすればいいですか。」なんて、なんて間抜けな歌詞なのだろうと思った。あまりリズムも感じられないし。まあでも電車も来たから、とりあえず乗ろう。電車に乗ることを察知したのか、曲は途切れ、僕はがらんとしている座席の右端に座った。一息ついたあと、僕は自分の迂闊さに驚き、声を出しそうになって、こんなところで、大声を出しそうになるなんて、またも迂闊だな、と自分に言い聞かせた。
どうすればいいですか。なんていう自分の言った無責任な言葉が折原の耳の中で反響していた。それでも、相手は丁寧に対応してくれた。8月5日の朝9時から、9時半の間に軽が借りれることになった。そこから、2日間借りれるプランにした。一応、余裕をもって2日だ。店舗は曼殊浜とは我が家から逆にあるから、少し遠回りだ。色については、深みはあるが紺ではない、青という説明だったが、カタカナの名前はすぐに忘れ去られてしまった。彼女は久しぶりに人と話し、疲れたのだろう。寝坊したものの、頑張って予定通りにレンタカーを確保した彼女はまたベッドへと向かった。寝るわけではないが、スマホをおもむろに起こして動画を見始めた。それは、自分で死にたいといってメールを送信した人には到底見えない日常茶飯な動きだった。しかし、開いた動画は彼女のような人が見るとは、世間的には、思われていないようなものだった。それは、「俺たちすごい、すごい、すごい、すごいんだ~」という、語彙力なんてものは無くなって久しいようなセリフで始まった。今回のテーマは、横断歩道を信号が青の時に何回往復できるかをメンバー内で競うというものだった。彼らの名前はフセキ怪人、というらしい。知りたくなくても、動画内から、何度もそれは連呼されていた。それを見ることは折原の日課に近かった。
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