第17話

 じゃあ、家に着いたのかな、と思って今度こそスマホを机に置こうとすると、クラシックが流れて来た。非常に有名な曲の一節だということだけは分かる。おそらく晩ご飯を買いに行ったのであろう折原さんにつられて、僕も家にあった残り物を温める。電子レンジから皿を取り出して持ってきたら、まんじゅはま いきかた と聞こえて来た。えっ、と訊き返しそうになって盗聴器からの音声だったことを思い出した。何かを検索しているのだろう、と僕は思ったがそれ以上に彼女の声が聞こえてくることはなかった。確かまんじゅはま、と言っていたよなと思い出してスマホで検索する。曼殊浜は東京の浜のようだ。あまり僕はアウトドアな人間ではないからよく分からないが、東京では落ち着いた浜辺として知られているらしい。じゃあ、折原さんは長山の次はここに出かけるのかななんて思いながら、天気予報を調べる。明日、明後日は雨らしい。さすがに彼女も遊びには行かないだろう。曼殊浜は海なのだから。なんか疲れたな。とりあえず、曼殊浜で折原さんを殺せないかを考えたい。折原さんの行動は盗聴器によって分かるようになったし。でも、僕は自分で殺すと思ったことを怖くも思った。でも、それが彼女の願いなんだ、そう思って寝ることにした。


 パッと目が覚めた。スマホを見ると8月3日の朝9時だということが分かった。その横の雨マークの通り、窓の外には雨が降っていた。僕は何を思ったか、曼殊浜に行こうと思い立った。電車で行けるようだし。とりあえずその地を見てみないと始まらない。自分でその地と思い浮かべたあと、具体的な言葉で「その」を説明しようとして、やめておいた。まあ、電車に乗ろう。歩いて駅まで向かう。駅前のコンビニでおにぎりを三つ買った。少し遅いからか、空いていた。運よく来ていた電車に乗る。電車の中で朝ごはんを済ませた。結局、東京湾の方だから、結構な時間がかかる。電車の中もそんなに人はいなかった。盗聴器Bからの音声をイヤホンで聞こうとする。さすがに公共の場で公然と盗聴器からの音を聞くのは憚られた。イヤホンから音はあまりせず、まだ起きていないのかなと僕は思った。アイコンの位置も昨日から移動していない。でも、それは盗聴器、要するにお守りが動いていないだけで、折原さんが家から出ていてもおかしくはない。そう思いながら、意外と盗聴器とGPS機能が当てにならないことに思いを馳せていた。

 スマホで調べて、城埼駅で降りればよいことが分かった。どうやら、曼殊浜の奥には伏木ふせき海という内海もあるらしい。まあ、だから何という話なのだけど。盗聴器の位置を見て、まだ動いていなかったから、折原さんは起きていないのだろうか、と思いつつ、でも、今、盗聴器が音を拾っていても、録音しているわけではないので、聞き逃してしまうことになる。でも、聞くのは外に出てからにしたいな。そんな風に自分でもわかりやすく焦っていると、電車が慮ってくれたのかダイヤより一分早く着いた。とても静かな駅だった。夏休みとは言えど、夏休みに遊びに行こうとなるほどの海ではないのだろう。駅を出ると雨が降っていることを否応なしに思い出したが、傘はあるので大丈夫だ。雨だからなのかは分からないが、人気ひとけのなさを心地よく思いながら、看板に沿って歩いていく。曼殊浜の駐車場に誘導しているのかもしれない。

 段々と歩を進めながら、折原さんが行こうと思っている場所に自分が下見に行っていると考えると、何だかデートを前にした高校生みたいだなと思い、そして中学校で折原さんと知り合っているのだから、そんな現実もあったかもしれないと空想した。坂を上り終わり、崖の先に広がる景色は僕を空想の世界から引き戻した。下には砂浜が見える。空はあいにくの雨模様だが、波の近くまで行くことにした。順路通りに進んで、下に降りたが、崖が本当に高くて、しかも壁のように聳え立っていることが分かった。海は少し荒れていたが、それでも少しという程度で、晴れていればよい海だろう。再び上に戻る。雨は強くないが、坂をまた上るのが大変だ。大学生になってから、もともと少ししかなかった体力が失われているのかもしれない。駐車場にたどり着くとさっきは気づかなかった小屋があった。駐車場から砂浜に降りるだけでは素通りしてしまう位置にある。

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