第16話

 あれから僕はずっとパソコンで作業をしていた。といっても、何か折原紗良の依頼についてのメモなどを残したら殺人の証拠になってしまうから、何も書けないのだけれど。だから運命を演出します、のサイトに「夏休みに入ります。この間の依頼の受付は停止いたします。また夏休み以前になされた依頼を取り消しするということではございません。ご安心ください。」と書いておいた。こんなことをしながらスマホで盗聴器の様子をちょくちょく見ていた。ある程度、パソコンの仕事が終わった時に、スマホの画面に変化があった。

 盗聴器Bが動き出したのだ。おそらく誰かが買ったのだろう。Aの方はまだ動きはない。ちょうど今が三時前だから、折原さんが買っていったのだとしてもおかしくはないのだが。まあ、位置情報で確認しよう。と思った。マップ上に示された盗聴器Bの位置はだんだんと住宅街の方へ行きあるアパートの一点でとどまった。そこは別の地図で調べても折原さんの家のイスティニと一致した。作戦は成功だ。思ったより予定通りだが。ということは盗聴をオンにすれば彼女の生活の音が聞けるのかもしれない。少し、背徳感と罪悪感があったが彼女からのお願いだからと誰となく言い訳をして、オンにした。ザーッという音が聞こえてきて、テレビの音が聞こえて来た。誰かの家の中であることはたしかだ。まあ、気長に聞いていこう。でも、別に折原です、とあっちが言うわけでもないし、どうしよう。なんとかなるか、そう思ってスマホを机に置いた。そのとき、楽しかったー、という聞き覚えのある声が大人びた声が聞こえた。確実に折原さんだ。僕はそう思いながら、スマホを耳に近づけた。



 ベッドの上で昼寝していた折原は起きて、晩ご飯のメニューを考えた。スーパーでお弁当を買ってくることにした。さっとエコバッグだけを持っていこうとした彼女は、身につけてこそ意味があるんだよね、と思い出してお守りをポケットに入れた。家を出て階段を下りた。まだ明るい空の下で右へ歩き出した。澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで。どこかで開かれるのであろう、盆踊りの音楽が町にかかっている。スーパーに入ると、来店を知らせる電子音が鳴った。適当に売り場を見て、本のコーナーで旅行系の本を彼女はチェックした。夏休みに行きたい東京お手軽スポットをかごに入れた。晩ご飯は幕の内弁当にした。帰りは電子音には見送られずすたすたと歩いた彼女は一人でただいまと言って、温めてもらったお弁当に箸をつけた。CDで「展覧会の絵」をBGMにした。次は海に行きたいな、夏だし。どこが良いかな。まあ、そろそろ死ぬんだけど。と考えながらスマホに 曼殊浜 行き方 と言う。出て来た検索結果を窺いながら、今朝、聞いた天気予報を思い出す。確か、明日明後日は雨だった気がする。彼女の頭はそんなことを言いながら、本当に疲れていたのだろう。BGMを本当にバックにして寝始めた。



 何も音がしなくなったスマホから僕は耳を離した。代わりに地図の画面に移ると盗聴器Bのアイコンが動いていた。どうやら家を出るようだ。折原さんの家の位置をパソコンの地図で確認する。やはりスマホの地図上のアイコンの位置は彼女の家と一致する。少し動いたと思うと、よく夏祭りで聞くような音楽が流れて来た。おそらく商店街かどこかで流しているのだろう。動く速さからも、歩いていると思われる。この時間帯に外に歩いていくということは、晩ご飯だろうか。僕の予想は大体当たったのだろう。タラタラタラン、タラララランという音が聞こえて来た。こちらは、おそらくスーパーマーケットの入店音だろう。ちょうど地図とも一致する。その後アイコンはちょこまかと地図上を動いた。店員の声が少し聞こえた気がした。そのままアイコンは折原さんの家へと進みある地点で止まった。不思議に思ったがお守りをバッグか何かに入れていたら、バッグを置いたときに動きが止まるのは当然だろう。

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