第12話
そして、依頼者の欄までたどり着いた。なんだ、メールアドレスだけで良いのか、と彼女は拍子抜けしながら、メールアドレスを打ち込んだ。そして打ち込み終わらないうちにあることに気づいた。これは折原 紗良のメアドだ、ということに。これだと、わざわざ架空のクラスメイトに仮託して依頼を書いた意味が無い。日暮れまでに依頼文を完成させ、フォームを淡々と埋めていき、折原の作業は順調に思えた頃合いで思わぬ落とし穴が彼女の前に現れた。メールアドレスは依頼者の唯一の情報で、その代わりに必須項目なのだ。彼女は半ば諦めながらメアドをどうするか考えた。落ちていく夕日、深まる夜と共に。調べるうちにメールアドレスはネット上でたくさん作れることを知り、一番入力する個人情報が少なそうなサイトで発行してもらった。もちろん個人情報はでたらめを入力した。メールアドレスはもしもの時の連絡用です、と書いてあったため、一日や一週間で消えるもので代用することもできず、割ときちんとしたメアドが必要と分かったからだ。まあ、何とか苦労して折原 紗良の個人情報を隠して、というか別人のメールアドレスということで詐称して作ったメアドを折原は手に入れた。晩ご飯の代わりに。そのアドレスをコピペして、フォームに入力したころには日付が変わっていた。七月は終わり、八月を迎えていた。
折原は目覚めて、今が昼の12時だということを把握した。そして、八月になったんだな、と理解した。さらに自分が、自分を死なせてほしいという依頼を書き上げて、疲れて眠ってしまったことに気づいた。自分は自分の死を求めているのに、体は生命の維持のために睡眠を欲したということが、とても彼女には皮肉に感じられた。彼女はとりえあずご飯を食べようと思って、近くのコンビニへ出かけた。彼女は何か少しだけ食べる時はおにぎり一つと決めている。それも、味は昆布だ。すぐ帰って来て、青のコップにお茶を入れて、ブランチを始めた。のんびりと食べながら、本当に送ろうかと折原は迷っていた。メールアドレスも作ったし、文章を見直しても、自分で書いておきながら、男子の部分が未練がましいな、と思うくらいだった。もう、文章もメアドも入力したから送信のボタンを押すだけで、依頼は完了するのだけれど、なんとなく気兼ねしていた。自分で自分を死なせるのに気が引けたのかもしれない。そう考えたが、死にたいという思いが勝った。いつか運命のように死ぬと分かっていて生きるのもどうなのだろうとも折原は考えたが。しかし、彼女は自分で人生の幕を閉じるボタンを間接的に押すのをためらい、ぐずぐずしていた。結局、送信したのはもう一度コンビニに行きバームクーヘンを買ってきておやつに食べてからだった。
アカウント申請者の欄に折原 紗良の名を見たのはまだ夜の9時にもなっていなかったはずなのに、気づけば11時だ。色々考えていたらこうなった。折原さんを死なせてあげてほしいという依頼の依頼者が折原さんだとするならば、それは、自殺したいけど、自分自身の運命の演出の依頼は受け付けていないということから、自分を折原 紗良のクラスメイトと偽って依頼した、ということだろうか。それならば、依頼は受けるべきなのだろうか。そもそも、人の命を操るようなことをしてよいのだろうか。それでも、依頼が受け付けられたか否かの連絡は依頼者に行わないわけだから、ルールを上手くすり抜けたと思っている折原さんは、依頼は受けられたと考えるだろう。そうすれば彼女は誰かが殺してくれることを待っているわけだ。僕がこうしている間にも。そう思いつつ何もかもを信じられなくなりつつある僕は、この「申請者:折原 紗良」というのも偽装なのではないかと疑い始めた。
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