第9話

 そういえば、さっきの『ほぼ』についてですが、紗良ちゃんが福岡県の中学校に通っていた頃―確か中三の頃と言っていたと思います―仲良くしてくれた男子がいたそうです。まあ、これ以上は話してくれませんでしたが。死ぬとなったら、このことが気がかりになるかも、と私も考えましたが、今はそんなことを気にかけられないほど、紗良ちゃんは死にたそうなのです。生きているのが厭ともいえるでしょう。さっきの自分のせいで周りに迷惑がかかった、と紗良ちゃんに思わせたくないというのに関係してですが、死に方を工夫してあげられないでしょうか。長文失礼しました。かなり重くて、難しい依頼かもしれませんがよろしくお願いします。」


 こう書いてあった。運命だと錯覚させて欲しい人―今回では折原 紗良―の住所は東京都降巻市明が原二丁目一番イスティニ304号、とあった。僕の優雅なおやつの時間は終わった。というか、強制的に終了だ。いや、終わらせなくてはならないといったところだろうか。なぜか。折原 紗良は僕の知っている人だ。名前だけが根拠なわけではない。依頼主が今年で21歳で折原さんと同い年と書いていて、僕も今年で大学三年生、21歳なのだ。それに折原さんが学校を転々としていたのは知っている。というより、途中で出て来た男子が僕ではないか、という淡い希望すらある。実際、僕は上京までは福岡にいた。中二のときに折川さんが転校してきたのは覚えている。

 しかし、どこの高校に行ったかというのは誰も定かではなく、折原さんのことは申し訳ないと思いつつも、僕の高校生活に忙殺されたことも。だから、どこの高校に通っていたかは知らないが、多分この折原 紗良は僕の思い出の中の折原 紗良さんと同一人物だろう。しかも、僕が最近立ち上げたサイトで知ることになるとは。それも、死なせてあげて下さい、という依頼で。依頼主にはちゃんと理由があるようだが、折原さんを殺すというのは僕には考えられなかった。しかし、死にたがっているのは事実なのだろう。転校してきた折原さんに僕は出会った時、少しどきっとした。それは折原さんが転校生、という退屈な日常の中での珍しい存在だったかもしれない。しかし、中三の僕はそのことを抜きにしても彼女に魅力を感じていたのだと思う。明るそうで、しかしどこか冷めていて落ち着いているような彼女に。僕は頑張って話しかけたりした。みんなは折原さんとともに流れて来た噂を気にして、あまり彼女には近づかなかったが、僕は話してみずにはいられなかった。話すととても聡明な感じがした。彼女から僕に話しかけてくれるなんてこともあって、嬉しかったのをよく覚えている。まあ、こんなこともあって、依頼者の言う、仲良くしてくれた男子、が僕のことで、そんな風に覚えてもらっていたらうれしい、なんて思うわけだ。

 そんな僕のことはどうでもいい。そう思いなおして、虚空を見つめる。本当に折原さんは死にたいのか。人を死なせてあげるなどと言っても、殺人ではないのか。運命と感じさせるような死に方についてだが、それは僕が黒幕と分からないようにするということと同義ではないのか。そんなことはできるのか。可能だとしてもどのようにするのか。できたとしても、それでいいのだろうか。依頼者の言うことは正しいのか。依頼者は心苦しく思わないのか。折原さんはそれで満足なのだろうか。僕が裏で手を引いていたと知っていたら、どう思うだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る