第8話

 と僕の思考が一周したのを見透かしたかのように、いとこの佳鈴ちゃん、と紹介した。よろしくお願いします、と席を立ってあいさつした声は、松井の彼女にしては若すぎる声だった。松井はいとこの佳鈴ちゃんを今日この場に連れてきてくれた。とても助かるし、さすが松井だ。通っている中学校について、友達が知りたがっていると言ってくれたそうだ。佳鈴ちゃんは現在中2らしい。僕が安藤司です、と名乗ったあと松井が峯沢中の何が訊きたいのと話を振ってくれた。僕は中学生の実際の生活を知りたい、と言った。参考資料の一つにするというあいまいな理由で。僕はその後、上手に話を部活動に持っていき、バレー部の顧問の話までこぎつけた。佳鈴ちゃんはどうやら美術部らしく、あまり分からないとはいえ、噂は流れているとのことだった。


 時は流れて、こんな依頼もあったな。そう思う、今では。といってもこの2件を実行した日は6月末から7月初めぐらいだったから、一か月前ぐらいか。ではなぜ、こうも昔のことのように感じるのだろうか。この2件は前田の家の近くの小学校の小学生の、また松井のいとこが通う中学校の中学生が依頼者だったから、割と簡単に進んだ。色々と準備は必要だったが、この2件はその後の役に立った。ちなみに、大雅くんの誕生日の一週間前ぐらいに、会社員から社名が現行のものからよく分からないのに変わろうとしてしまっている。ワンマン経営者によって。という依頼があった。要するに変更を考え直した方がよいという運命を会長に感じさせてくれということだ。この件が終わったのが一昨日だ。これも成功した。

 サイトの方への依頼件数も、実行できないのも含めてだが、徐々に増えて来た。一段落したと思って、今日は近くの洋菓子店で買って来たダックワーズを食べながら、家で優雅な三時を過ごしていた。パソコンで今までの実行した依頼の一覧と、その横に自分が付けてきた備忘録を見ていた。サイトの管理者ページのようなものか。そして、もう振り返るのはやめて、他の依頼に向けて動き出すかと思った。ちょうど、二つ目も食べ終わったところだし。そういうことで、運命を演出しますへの依頼一覧のページへ移った。時刻を見る限り備忘録をみていたころに来ていたようだ。ちらっと見える依頼の文章の上の方を読んで、時刻なんてどうでもよくなったが。まあ、中身をちゃんと見ようと思って画面をスクロールした。


「私は今年で21歳です。依頼は平たく言えば、同い年で友達の折川 紗良さんを殺してくださいということです。いや、平たく言いすぎました。自然に死なせてあげてください、ということです。これでもよく分からないと思います。このような人の命に関わる依頼を受けて下さるかはわかりませんが、話させていただきます。まず私が彼女に出会ったのは高校二年生のときです。第一印象は才色兼備で明るい、でした。クラス替えで、とかいうことではなく、彼女は学校を転々としていました。高校二年生の夏休み後に私が通っている高校に転入してきたのです。彼女はどうやら家庭の事情やいじめなどでよく転校しているようでした。噂に過ぎないですが。私は紗良ちゃんと少しずつ仲良くなりました。クラスメイトはいわくつきの転校生には関わりたくないし、どうせすぐいなくなるだろう、といった雰囲気でした。何はともあれ、私はお昼ご飯を一緒に食べる仲ぐらいにはなりました。紗良ちゃんは色々な話をしてくれました。噂は誇張はさているけど、それが転校の理由には変わりないそうです。なぜこんなことを言うのかと言うと、それが彼女の悩みであり、私が依頼するきっかけとなったことだからです。家に帰るとすぐ罵倒され、学校ではいじめられ、仲間外れにされる、そういった生活がほぼずっと続いてきたそうです。このほぼというのは実際に彼女が言ったことで、ほぼって?と訊き返すと、嬉しそうに答えてくれました。でも、そんな嬉しいことを打ち消してしまうほどの生活なのでしょう。本当に辛そうなのです。こっちに引っ越して来てから、より家族の中は悪くなり、家での居心地は過去最悪だと言っていました。学校に来ても保健室に入り浸る日が段々多くなっていきました。それでも、お弁当は私と食べてくれました。しかし初めて会ったころの明るさは減り、口癖は『死にたい』でした。それが、生きている意味が無いや死んでないだけの日々に変わったりするだけでした。ですが、紗良ちゃんは真面目なので、死にたいけど自殺は周りにもあなたにも迷惑がかかってしまう、とも言っていました。でも、本当に紗良ちゃんは死にたそうなのです。とてもふざけて、もしくはかまって欲しくて言っている感じではないのです。私も死んでほしくないけど、彼女のためを思うなら、死んでほしいのです。死なせてあげたいのです。でも、彼女を私が殺したりしたら、紗良ちゃんは自分のせいで私に迷惑がかかったと思おうでしょう。そう思っては欲しくないのです。だから、自然な形での、言い換えれば運命という形での死を折川さんに迎えさせてあげてほしいと思うのです。

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