第6話

 それにしてもどうしよう。空いている平日の昼過ぎの地下鉄に座りながら考える。小学生の方は、大雅くんのお母さんを錯覚させればよい。それに晩ご飯の話だから、スーパーの作戦が使えるだろうか。そう思いながら、前、スーパーに晩ご飯を買いに行った時にいた子どもを連れた主婦を思い出した。中学生の方はどうすればよいのだろう。顧問に働きかけるしかないのだろうが、それにしてもブラック部活とは本当なのかもしれない。まあ、それは教員苦労を物語る言葉でもあるのだけれど。大雅くんの方はその住所や小学校が分かっているから生活圏が分かるし、できるかもしれない。

 対して、未奈ちゃんの方は詳しい住所が書いておらず、と思って、彼女の住所なんて、どこの馬の骨とも分からないサイトに書き込みたくないなと感じた。同時に彼女という響きが昔のものに聞こえた。そんな思いを蹴散らすように目的の駅の発車メロディが聞こえてくる。東京は本数が多く音が重なり合う。下りながら、西口と東口どちらが近かったかなと思案していると、「西口から降りて」と前田から来ていた。気の利くやつだ。前田は僕のことをよく知っているし、運命を演出します、のことを話してみてもいいかもしれない。階段を上がって、住宅街を抜けると小さなアパートがあった。ここが前田の自宅だ。インターホンを押すと、開いてるよ、といいながら前田が開けてくれた。リュックから、パソコンを取り出そうとすると、何する気だと言われた。

 実際に検索して見せて表示したサイトを見せながら、運命を演出します、の話をすると、何がしたいんだ、利益も出ないのにと言われた。まあ、楽しそうだから、とだけ言って、話を進めた。僕の思った通り、この大雅くんと依頼者の小学校は前田が寄ったと言っていたところだった。それよりも前田が食いついたのは大雅くんの住所だった。僕には何の変哲もなかったが、これが大事、らしい。前田曰く、この住所から見るに、と言いながら、僕のパソコンで上空写真を調べつつ、いわゆる高級住宅街らしい。こことは大違いだと自嘲気味に前田が言う。そうなのか、と気のない返事をすると、だから、生活圏が俺ら庶民とは違うんだよ。と語気強めに言われた。生活圏が関わってくると読んでいるあたり、察しがよい。

 この後はそれにしても大雅くん、サバの味噌煮が良いんだな、なんて話をした。ご飯を作ってくれる人がいるありがたみと、それに文句を言ってしまう贅沢さを、二人して懐かしんだ。なんやかんやしてるうちに5時前となり、帰ることにした。未奈ちゃんたちの中学校について聞くと、知らないとのことだった。でも名前を言うと松井のいとこが通ってた気がする、とのことだった。相変わらず、前田の情報量はすごい。来た道をもどりながら、前田が玄関まで送るついでに指さしてくれた高級住宅地の方を見る。それは丘の上にあった。

 そういえば、あの辺は自然いっぱいで池だってあるとのことだった。帰りの地下鉄に揺られながら、パソコンで依頼の内容を再確認する。今のところ、その2件だけだ。大雅くんの方が6月27日、未奈ちゃんの方が7月1日決行だから、大雅くんの方から考えよう。そう思って、パソコンで計画を練り始めた。松井とは明日も授業が一緒だから、その後に話したいことがあるとLINEしておいた。OK、と来たから良い友達だ。

 打って変わって静かな大学の最寄り駅に着く。大学に着いたころには5時過ぎで今更何かをしようという気にもなれなかったから、帰ろう。自転車もあることだし、今日は遠い方のスーパーに寄ることにする。そう思って、こっちのスーパーの方が一応セレブ向けと言われている、なんてことに思い当たった。自動ドアをくぐるとそのことを実感した。店内には落ち着いたBGMとともにゆったりとした空気が流れている。精肉売り場も焼肉用などのいいお肉が充実している。横の鮮魚売り場もそうだ。鯛が丸ごと置いてあったりする。横には無論、パックに入った魚の切り身もあった。それすらも高級に見えた。自然と目はサバに行く。そのままの勢いで僕はサバを買った。あとで、3切れも買ったことを後悔するのだが。他にも足りなかったものを買って、会計をした。自転車の前のかごにレジ袋を入れ、リュックは背負う。

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