第3話

 そうと決まれば動こう。とりあえず、あの人に「これは運命だ」と思わせたい、という人々の願いを叶える、ということをしようというのは決まった。さて、どうしようか。何から考えればよいのだろうか。運命だと他人に思わせたいと願う人を見つけなければならない。知り合いの願いばかりかなえていても面白くないから、まったく知らない人の願いを叶えたいものだ。そのためには、そのような人を募ればよいのではないか。そう、思い至るのに対して時間はかからなかった。

 そして、このご時世インターネットを使わない手はないように思えた。試しに「運命と思わせたい」と検索しても、恋愛系の内容しかヒットしない。これではネットは使えないなと、パソコンを閉じかけた。が、違うでしょと心が反論する声が聞こえた。もともと、既存のものではないことをしようとしているのだから、新しく作ればよいじゃないと。どういうことか、と尋ねようと思ったがその相手は自分の思考で、答えもおのずと導かれた。ホームページか何かを作り、そこに「運命だと思わせる」依頼の投稿フォームを設ければよい。人は何かとホームページがあれば安心するし、信頼する。大学生をしながらウェブ関係の勉強をしていてよかったと思った。

 そうと決まれば何を書いてもらうことにしようか、とホームページを作るソフトの起動のためにパソコンをもう一度開けたが、僕の目の先には赤く染まった空があった。黒い烏がそこを飾っている。パソコンの右下の表示を見ると、18:04となっており、赤い空を裏付けていた。今日の晩御飯が昨日炊いて余った白飯しかないことを思い出し、立ち上がった。実演販売のおばちゃんにお礼も言っていない。古びたスニーカーを纏った足はスーパーへと向かった。

 自動ドアが開く。僕を人として認識してくれている。電子音が流れる。とりあえず、おかずを買おう。唐揚げか何かを。前の入り口から入った僕は、お惣菜売り場にたどり着く前に多くの商品の前を通り過ぎる。今日は料理する気はないものの青果のコーナーを見る。半額のカット野菜があったのでかごに入れた。生野菜は栄養面での安心材料だ。お肉のコーナーの手前のスペースで実演販売をおばちゃんが行っていた。味付け肉の試食の終盤だったので一つ頂いた。その後、少し話をした。パンケーキよかったです、ありがとうございます。と言ったら、君が作ったのかと訊かれたので、友達が作ってくれたということにしておいた。もちろんこれもおいしいです。と言うと、それはうれしいよ。まあ、主婦向けの商品ではあるけどね。買っていかないか、と言われた。今日は遠慮しておきますと言ってその場を後にした。

 たしかにこの時間帯は主婦が目立つ。時折、子どもを連れている人も見かける。主婦とすれ違って、到着したお惣菜売り場は予想通り、戦場であった。ちょうど半額になる時間帯だろう、という読みは的中した。しかし誤算もあった。すでに唐揚げは売り切れていた。おばちゃんと話していた隙にであろう。妥協して、白身魚のフライに決めた。来週分の朝ごはんのパンも買ってお会計をしていると、レジ打ちをしている店員さんが前と同じ人であることに気づいた。いつもなら、それで何?と自分で突っ込んで終わりの気づきも、運命だと思わせることのどこかに使えないかと考えてしまう。帰りは後方のレジから出た。なじみのモノトーンのエコバッグが手から下げられ、揺れていた。今、駐車場で車から降りたおじいさんもこのスーパーではなじみの客だ。和菓子二人分とたばこの26番を来るたびに買っていく。

 家で白身魚のフライがあっためられ終わるのをまつ15秒の間に僕は思いついた。そして、それを付属のタルタルソースをかけながら、頭の中で形にしていった。ご飯をよそっていると炊飯器の小さな液晶が19時ちょうどを教えてくれた。

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