第2話

 そして、パンケーキの新メニューデビューのいきさつは僕の計画通りだった。特集をしていたというテレビ番組は僕がたまたま見ようと思って気にしていたやつだった。マスターはいつも12時に寝て6時に起きると言っていたから、6時からテレビをつけるはず。寝る前にテレビを見るはずと思って、特集をするチャンネルの夜の番組をいくつか帰り際におすすめしておいたのだ。マスターは真面目だからおすすめされた番組を必ず見てくれる。そして、チャンネルはそのままになり、朝のパンケーキ特集を伝える。

 高野と井出ちゃんというのはファテの店員で、二人とも若い。この店のSNSの公式アカウントをしているのは彼らだ。エゴサーチもしてしまうと前に言っていた。そこで、アカウントを僕がいくつか作り、喫茶店好きという発言を繰り返して―実際に好きだが―ファテの公式アカウントもフォローした。その上で、パンケーキ食べて来たのような発言をしたのだ。これを5個のアカウントで日をずらして行ったので、二人も話題にしたのだろう。

 お店に落ちてたストラップは、あらかじめ僕が用意したものをこの店に入っていくお客さんを入口で呼び止めて、机の下に置いてくるようにお願いしたものだ。品の良いおば様が首をかしげながらも引き受けてくれた。

 ロンドはこの店と同じ通りを少し行ったところにある喫茶店で、僕の大学の友達がバイトをしてた。もともとパンケーキが有名なお店だった。宣伝にもなるからパンケーキが売れたら、本日完売のボードを置いといたらいいんじゃないとアドバイスしたものだ。パンケーキのいい匂いは練習をしていたのだろう。まだ俺はうまく焼けないと言っていたから。

 料理教室の広告は僕が作った架空のものだ。もちろん、マスターの郵便受けにしか入れてない。

 スーパーの実演販売のおばちゃんは、僕もよく知っている人だ。大学1年の時は料理のアドバイスをもらったものだ。スーパーに行くと、おばちゃんが最近、実演販売がマンネリ化してるのよね、と嘆いてたから流行をとりいれるってのはどうですか、と言ったら、最近のは手が込んでて主婦層には向いてないのよねと返って来た。パンケーキなら簡単ですよ。でも誤解してる人も多いから、いい機会かもしれないですね。と言い残して来たのだ。あのおばちゃんはやる気に満ち溢れているから、すぐ実行してくれたようだ。ありがたい。それにしても、こんなにうまくいくとは思わなかった。

 パンケーキおいしかったです。また食べに来ます。そう言って、僕は店を出た。今日は午前から大学に行っていて、午後の予定は何もない。とりあえず家に帰るかと思いながら、歩き始めた。でも、本当にうまくいったな、パンケーキがファテで食べれた。自分でも意外だった結果に驚きながら財布の中身を気にした。パンケーキは安くはなかったし、先月も観劇にお金を使った。親からの仕送りも3年生になってまた減らされた。もらえているだけありがたいのだが。それでも、娯楽に使えるお金に余裕はない。バイトもしてないしな。良い方法はないのだろうか。そう思いながら歩いて、道をふさいでいた鳩が一斉に飛び立った時、思いついた。

 さっきの成功をお金にできないだろうか。なにか、他人を操る仕事として。いや、他人を無意識のうちに思い通りに動かす仕事として。今回は僕のやりたいことを叶えたが、他人の願いを叶えれば対価が得られるかもしれない。こう考えだすと止まらなくなり、歩くスピードは速くなって、すぐアパートに着いた。鍵を開けながら思った。他人を無意識のうちに操るというのは、運命と錯覚させることなのではないか。マスターは何かの縁だと思った、と言っていたが、これは運命なのでは、と思わせればよいのだ。ということは、運命と感じさせる仕事ということか。どこかロマンチックだ。そう思うと同時に、運命の対価にお金をもらうというのはナンセンスすぎるとも思った。ひとまず、バイトの方は別で考えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る