運命を演出します
頭野 融
第1話
落ちる照明。
「こちらの場面よく目にしますよね。」とナレーション。
生徒役の高校生二人が食パンをくわえたまま玄関を走って出る。そして、ぶつかる。観客からは予想を裏切らない展開に拍手が起こる。
「今回の劇では、この展開の裏側をご紹介したいと思います。」落ち着いた声が響く。
やはり、高校生の演劇は良い。「ファテ」のコーヒーもおいしい。大学進学のために福岡から上京したのが一昨年。新居に慣れてきたとき、近くのホールで、演劇で有名かつ自宅の近くである大山高校の演劇部が定期公演を行う、と聞いてふらっと立ち寄った。そのときからだろう。高校生の演劇というものにはまったのは。時間のある時には、公演を探して見に行くほどだ。毎回、見に行くのが恒例となった、5月の大山高校演劇部の定期公演。そして今は、午後の部の2時間ほどの公演を見終わって、ホール近くのお気に入りの喫茶店でコーヒーを飲んでいるというわけだ。もらったパンフレットを眺めて余韻に浸ったりしながら。今回の脚本は新入部員の自信作ですとアナウンスしていた通り、いつもと違った斬新なものだった。脚本でも魅せられたというか。
内容は、食パンを食べたまま二人がバーンとぶつかる現象の裏側だった。男子も女子もぶつかりたくて必死に頑張っていた。あのアクシデントは偶然でも何でもなく、緻密な計画の上に成り立っていたのだ。とても面白い設定だった。でも、それだけじゃない。僕はやってみようと思った。計画を立てれば、他の人の行動を操れるのではないかと思ったのだ。実際―といっても劇中だが―彼らは、ああやってぶつかることで、自分たちの仲を進展させようとしていたのだ。
ということでどうしたものか。コーヒーをまた一口飲んでふと見ると前にマスターがいた。まだ、40代後半だろうか。少し見ていると、どうした司くん、と言われた。司は僕の名前だ。いや、何も。と素っ気なく言いながら決めた。ここのメニューにパンケーキを入れてもらおう。前に一度リクエストしたのだが、断られた。うちはショートケーキで限界だ、だそうだから。おじさんにはキツいよとも言ってたかもしれない。そう思い席を立った。会計を済まして店を出た。今日が5月の第一週だ。ファテは毎月1日に新メニュー1つを出してくれるから、6月の新メニューでの採用を狙おう。大事なのはマスターに自然に新メニューにしてもらうことだ。劇中の彼らもそうだった。偶然を装っていた。
こう決めた日から僕は大忙しだった。やることがいっぱいあった。そして、生クリームとキウイとバナナの乗ったパンケーキをファテで食べている。6月1日ぴったりに来たかいがあった。素知らぬ顔でマスターにパンケーキをメニューにした理由を訊いてみる。
まず、司くんが前に来たのが5月のはじめだったよな。その数日後だったか、朝テレビで乗り遅れてませんかパンケーキ特集をやってたんだよ。店に出たら高野と井出ちゃんがなんか騒いでて、なにかと思ったらパンケーキの話題だったんだよ。で、それぐらいの時にお客さんがこれ机の下に落ちてました、って俺にストラップを届けてくれた。その日の帰りにいい匂いがすると思って帰り道を少し遠回りしたら、「ロンド」がパンケーキ完売の看板を片付けてた。家に着いたと思ったら、郵便受けに料理教室のビラが入ってて、いつもなら気に留めないんだけど、パンケーキ教室の生徒の募集だったわけ。それに一週間前ぐらいに晩飯買おうと思って、スーパーに行ってたら、料理の実演するおばちゃんがパンケーキ作っててな。簡単ですよ。ホットケーキの生地の甘さを控えて、少し薄めに焼きます。あとはケーキみたいに、クリームとかフルーツで飾り付ければいいんですよって言われたんだ。次の日に井出ちゃんに話してみたら、大賛成です!って言ってくれた。高野も手伝うって言うから、何かの縁だと思って、6月の新メニューとして検討し始めたんだ。
「そうだったんですか。色々あったんですね。」そう相槌を打って、おいしいですと言った。本当においしかった。それはよかった、頑張ったかいがあったな高野、井出ちゃんとマスターが厨房に言っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます