飛べ、大空へ!
大鳩にさらわれて着いた先は、断崖絶壁に突き出た岩棚にある巣でした。
いや、もうそんな予感はしてたんだけどね。
巣の中には雛鳥が3羽。雛といっても、親鳥があのサイズだから、ゆうに僕と同じくらいのサイズがある。
今ではどういうわけか、巣の中で3羽+ひとりで仲良く並んで座っている。
最初、親鳥はどうも僕を雛鳥の餌にしようと思ってたようだけど、なにせ僕は頑丈さには定評があるわけで。
四苦八苦した挙句、どうやっても餌にできないことを悟った親鳥は、お腹空かせて鳴く雛鳥たちに追い立てられるように、新たな餌を求めて、僕を残して飛び立っていってしまった。
雛鳥たちは餌としてではなく僕に興味を示したようで。僕も不覚にもヒヨコみたいな雛鳥たちが可愛かったので構ってやっていたら、すっかり懐かれてしまった。
その結果、こうして皆で身を寄せ合って、親鳥の帰りを待つという奇妙な現状になったわけだ。
あはは。もう、わけわかんないね!
脱出したいのは山々だけど、巣の外は掛け値なしの断崖絶壁。以前の崖とは高さが違いすぎる。
目測でも数百mは下らない。下手すると1kmくらいはあるんじゃなかろうか。
なにも、こんな高いところに巣を作らなくても。
(落ちたら、さすがに助からないだろうな~)
身を乗り出して下を見る。
ははっ! なんと下界がゴミのように小さく見えることか!
……虚しい。
さて、どうするか。
一番確実なのは、親鳥である大鳩に、ここから連れていってもらうことだろう。
でも、そうそう上手くいきそうもない。
巣で暴れると、異分子として、巣から連れ出される?
いやいや、巣の外に放り出されて終わりだろう。あえなく落下。
上手いこと、この雛鳥たちを手懐けて、大きくなったら下まで連れていってもらうとか。
いや、どんな壮大な計画だよ。第一、それまで無事に生き延びれる保証がない。
あれこれ悩んで僕が首を捻っていると、3匹の雛鳥たちも同じように首を傾げていた。真似っこか。
ああ、なんだもう、可愛いじゃないか、おまえたち!
思わず雛鳥たちに飛び込んで、ふわふわの羽毛に、顔を埋める。
しろのもふもふ感も素晴らしいけれど、このふわふわ感も捨て難い。
(浮気じゃないからね! しろ!)
とりあえず、心の中で弁明はしておく。
そのしろは、今頃どうしているだろう。
僕のほうが完全にお荷物だったから、生きることに苦労はしないだろうけど、寂しがってはいないかな。
……忘れられてたら哀しいな。
ちょっとしんみりする。
あ、幻聴まで聞こえてきた。
しろの鳴き声。
「キュイィィ――!」
そうそう、ちょうどこんな感じの――って!?
「キュイィ―! キュイィー!」
確かに聞こえる! これはしろの声だ!
どこ!? どこ!?
巣から身を乗り出すけど、どこにも見えない。
雛鳥たちも、僕の慌てっぷりがうつったようで、狭い巣の中で生え揃ったばかりの羽をぱたぱたしている。
「上っ!?」
岩壁沿いにさらに上空を見上げると、そこに見たのは懐かしき、純白の翼を広げたしろの勇姿。
ちょっと目頭が熱くなる。
しろは僕のこと、忘れてなんかいなかった。
「しろー! しろー!」
「キュイー!」
僕がぶんぶん手を振ると、上空で旋回していたしろが滑空を始め、こちらに向けて一直線に降りてきた。
僕も両手を広げて待ち構える。
「しろー!」
「キュイー!」
「しろー!」
「キュイー!」
「しろー……って、ええええ!」
――スッコーン!!
小気味いい打突音がして、急降下の勢いそのままに突進してきたしろに、僕はものの見事に撥ねられた。
13年の人生で、縦に回転したのは初めてだよ。
さすがはしろ。ナイス、アタック! ぐふっ。
しろの体当たりで、2000ほどの体力を持っていかれたけれど、そこはそれ、愛情の裏返しということで。
僕じゃなければ即死の勢いだったけどね。
それはともあれ、こうしてしろとも無事(?)に合流できた。
あとはここから脱出するだけだけど、結局のところ、それが一番難しい。
しろがいれば、攻撃力には事欠かない。
親鳥が帰ってきたときを見計らい、捕らえて言うことを聞かせるのが現実的だろうけど……
しろと戯れている雛鳥たちをちらりと見る。
もしそれで、親鳥になにかあったら、親の庇護をなくしたこの雛鳥たちも生きていけないだろう。それも忍びない。
やはり、ここは定番のダイブ? 自分で定番とか言いたくないけど。
巣のふちから崖下を覗き込む。
う。やはり高すぎる。途中に岩棚でもあると、数回に分けてダイブして、なんとかなりそうだけど。ぱっと見、そういった都合のいい場所はなさそうな。
しろに咥えて降ろしてもらう……?
可能なのかな、うーん?
さらに覗き込む。
このとき僕は、熟考するあまり、周囲への警戒が疎かになっていた。
簡単に言うと、背後で戯れる雛鳥たちの行動にだけど。
とんっ。
「へっ?」
次の瞬間、腕組みして悩んでいる姿勢のまま、なぜか僕は空中にいた。
はしゃぎ回る雛鳥たちに、偶然にも背中を押されたことに気づいたのは、既に自由落下が始まってからだった。
「え? は? 嘘っ」
空中で手足を掻くけど、もちろん落下が止まるわけではなく――僕の身体は吸い込まれるように下に落ちていく。
「キュイ!」
異変を察したしろが、すぐさま飛び込んできて、僕の襟首を咥えて懸命に引っ張り上げようとするけど、減速すらしやしない。やっぱり、無理だったんだ。
(あーあ、こりゃ死んだかな……)
走馬灯ってのはなかったけども、なんかいろいろと諦めた。これは詰んだ。どうしようもない。人間諦めも肝心だよね。
(せめて、傷みは程々で、あっさりと逝かせてほしいけど)
祈る気持ちで上空を仰いだ僕の視界に、信じられない光景が飛び込んできた。
上から次々と、雛鳥たちがダイブしてきている。もしや遊びと思って、僕たちのあとに続いてしまったのか。
あんたら、まだ飛べないでしょーが! なに、やってんの!
声を出そうとしたけれど、風圧で声も出ない。
(道連れなんて、最悪だよ……ごめん、謝って済む問題でもないだろうけど)
僕が覚悟を決めたそのとき。
――ばふんっ。
妙にクッションの効いた弾力のある地面に着地した。次いで落下してきた雛鳥たちも、身体を弾ませながら次々と着地する。
僕たちは、例の大鳩――親鳥の背中に降り立っていた。
どうやら、ちょうど戻ってきた親鳥が、巣から落ちた雛鳥たちに気づき、咄嗟に受け止めてくれたらしい。
もちろん、僕はついでというか偶々だろう。
さすがに、これだけの重量を載せたままでの帰巣はきついのか、親鳥はいったん全員を地面に降ろしてから、1羽ずつ咥えて巣へと戻していた。
僕としろは、当然ながらその隙にすたこらと逃げ出した。
無事に大地に降りることもでき、結果オーライではあった。
感謝すべきは親の子を想う愛か。
でも、最初からさらってくれなければ、こんな破目に陥ることもなかったんだけど。そこはびみょー。
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