空の旅はいかが?

 肌寒いほどに空気は澄んでおり、吹き抜ける風も目を開けていられないほどに強い。


 遮るものがなく、太陽が眩しい。

 普段よりも距離的には太陽に近いはずだけど、地上よりも寒いというのはどうにも不思議な感覚だった。


 科学の授業で習ったっけ。気圧と地熱の関係か。

 こうして実体験するとよくわかる。やっぱり知識だけじゃダメだねー。


 眼下には、壮大な大自然の景色が広がっている。というか、自然しかない。

 ここまで来ると、既に樹海と呼んで差し支えないような気がする。


 以前になにかで見た、富士の樹海。あそこの上空写真がこんな感じだったと思う。


 僕が最初にいた泉はどこだろ、見えるかな?


 ラフティングした河は、視界を横断するように、ずっと果てまで続いている。

 きっと、滝さえなければ、かなりのところまで行けたと思うのに。残念。


 それにしても、上空数百mから見下ろす風景のなんたる絶景かな。

 寒いのさえ我慢すれば、なんて悠々快適な空の旅!


 どうして僕が、今こうして空を飛んでいるかというと――1時間ほど前に遡る。



◇◇◇



「しろー! しろー!」


 ゴブ――もとい、原住民からの追及を振り切った僕は、独り当てもなく彷徨っていた。

 連中も相当にしつこかったけど、体力に任せて10Kmも走っていたら、ついに最後のひとりも脱落した。


 足場の悪い森でもなく、草木の背は高いけど、草原に近い地形だったため、走るのは苦ではなかった。

 持久力という点でも、ほぼ無敵であるわけだし。

 きっと、森とかだったら、地の利もなく数でも負けている僕が圧倒的に不利だったと思う。捕まっていたかもしれない。

 

 今回は運がよかった。

 ただ、次回も上手く運ぶとは限らないので、ここは一刻も早くしろと合流して、この場から離れたい。


「しろー! しろってばー! どこー? 僕はここだよー!」


 だから、こうして、危険承知で声を張り上げているのだけれど、いっこうにしろからの返答はなし。


 この辺りは木々も少なく、空も開けている。

 空からも地上からも見通しはいいはずだ。


 僕が見つけるか、しろから見つけてもらいたいのだけれど、そうそう上手くはいかなかった。


 滝口で意識を失ってから、○○自主規制から出てくるまでの記憶がない。

 でも、あれだけの巨大金魚。運ぶのも大変だろうから、移動距離はそんなになかったはず。

 あの中で僕がどれだけ過ごしていたかにもよるけど、少なくとも消化されている気配はなかった……いや、今のは無し。想像したら気持ち悪くなってきた。うっぷ。


 とにかく、時間はそんなに経ってないなら、距離もそんなになかったはずだ。

 きっと、近くでしろも僕を捜していてくれた……はず。


 逃げるためとはいえ、10Kmも離れたのはまずかったかな。でも、緊急事態だったし。


 他に手がかりがない以上、こうして地道に声を上げるしかない。

 幸い、ここいらには外敵の獣も少ない。もしかしたら、さっきの原住民の狩猟場テリトリーなのかもしれないけど。


 どうせ彷徨うなら、しろと一緒がいい。

 まだしろとは短い付き合いだけど、そう想えるだけの絆は感じている。


 そうして、どれくらい歩いただろうか。

 いい加減、声を出しすぎて喉に違和感を覚えるようになった頃――聞こえた。


「しろ!?」


 遠く、本当にかなり遠くから響く、か細いしろの独特の鳴き声。


 視界いっぱいの雲ひとつない大空の中には、しろの陰影は確認できない。

 それでも、しろのほうからは見えるかもしれない。だって、しろのほうが視力はいい。高速で飛びながら、河面の魚を捉えるくらいだから。


「おーい! おーい!」


 叫びながら、僕は上空へ向けて大きく両腕を振っていた。


 やがて、空の青に、ぽつりと黒い点が見えた。

 逆光の中、点は見る間にどんどん大きくなっていき、なにかの影がこちらに近づいてきているのがわかる。


 眩しい光に手をかざし、目を細めて見上げると、そこには白い翼のシルエット。降下してくる羽音まで聞こえてくる。


「しろ! 会いたかった!」


 僕が両手を上空に伸ばすと、その僕の両肩口が、がっちりと力強く掴まれた。


 ん?



◇◇◇



 ここで時を戻すとする。

 今、僕はこうして空の人。


 二言で現状を説明すると。


 1.鳥違い

 2.さらわれ中


 だったりする。てへ。


 もちろん、先刻の景色云々は現実逃避ともいう。


 …………


 だって、仕方ないでしょ。

 今の僕は、糸に吊られた人形か、木に括られた案山子かって有様で。

 こうなると、もう文字通り手も足も出ないよ!


 ここは上空数百m。崖の上とは高さの桁が違う。こんなとこから落ちたら、きっと骨も残らない。


 うるさくしていたら、上からすっごい迷惑そうに睨まれた。

 僕を運んでいるのは、鷲や鷹の猛禽類というより、鳩を巨大化させたような鳥だ。

 一見、平和そうな成りの癖に、余所の人さまをさらうとは、なんという非道。それでも平和の象徴かと嘆きたくなる。


 暴れても、地面の染みにしかならなさそうだったので、大人しく大鳩の足にぶら下げられたまま、絶景だけを堪能する。

 ま、それしかやることがないんだけどね!


 僕はどこに運ばれているのか……

 ああ、しろに会いたいなぁ。

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