第二部 悪役貴族は縁結びの神ではない
第52話 恋のキューピッドに必要なのは
「頼みます! 縁結びの力でオレと愛しのあの人をラブラブな感じにして下さい、マルセル様ぁ!」
「オレは縁結びの神ではないんだがね?」
ど う し て こ う な っ た ?
いま、オレの目の前には見知らぬ青年貴族が這い蹲って土下座している。
土下座しながら頼み込んでいる内容は「縁結び」。
どうにも最近、オレに相談すれば恋が叶う、といった内容の噂が流れているらしい。
ロビン辺りがオレに相談に乗ってもらったことを誰かに漏らしてしまい、噂に尾ひれが付いてこんなことになってしまったのではないかとオレは踏んでいる。ロビンだけじゃなくジェラルドとかも結構怪しいな……。
明るい色の茶髪をしたその男を持ち前の目つきの悪さで睨み付けていたが、男が怯む様子はない。
その髪色を見て、オレは青年の正体に見当を付けた。
「お前はフェルナン・ユベールだな?」
「オレのこと知ってるんですか!?」
フェルナンはぱあっと顔を輝かせて顔を上げる。
「ああ、知ってるとも。大の女好きで十代の頃から浮名を垂れ流しているとな」
「いや、それは……若かりし頃の過ちというか……」
言い当てるとたちまちの内にフェルナンの顔が青くなった。
舞踏会で彼の姿を遠目に見たことがあったが、若い女性に次から次へとダンスの誘いを繰り返していた。
「なるほど。ここ最近噂を聞かなくなったと思ったら、本命が出来ていたのか」
一人で納得して頷いていると、フェルナンが顔色を取り戻す。
ころころと忙しい奴だな。
「本気だって信じてくれるんですか!?」
「おかしなことを言う奴だな。本気じゃない奴が土下座までせんだろう」
ごく当たり前のことを言っただけなのに、フェルナンは神でも目にしたかのように感激した顔をするのだった。
「やっぱり……貴方は噂通り縁結びの天才なんですね!?」
だからその噂というのは何なんだ。
「オレ、その愛しの人には何度もアタックしたんですが、その度に本気だとは受け取ってもらえなくて……」
フェルナンが涙ながらに語る。
彼の所業を考えればさもありなん、だ。
オレはこの青年貴族が哀れに思えてきた。
「仕方ないな。話だけは聞いてやろう。ただし、その噂通り想い人と結び付けられるとは限らんからな」
「ありがとうございます!」
フェルナンは感謝の言葉と共に再び土下座をしたのだった。
この男には貴族としてのプライドはないのか?
*
「で、相手の女はどんな奴なんだ?」
床の上に座ったままのフェルナンを横柄に見下ろし、尋ねる。
「いや、それが……」
ところが途端にフェルナンの口が重たくなる。
どうしたんだ、もごもごとして。
仕方ないから彼が口を開くまで待つことにして、優雅に紅茶のカップを傾ける。
「愛しの人はリオネルさん、なんです」
「ぶッ!?」
口に含んだばかりの紅茶を吹き出してしまった。
「それはオレの元家庭教師の男じゃないかっ!?」
「え、そうなんですか!?」
あのフェルナンの意中の相手がまさか男だとは思わず、意表を突かれてしまった。
というか年の差も結構あるだろ。あの人、いま40過ぎなんじゃないか?
そもそも軽薄なフェルナンがあのリオネルさんに惚れるとは……。
「あの……このオレが男に惚れるなんて、やっぱり可笑しいですかね?」
オレが唸っている様子を勘違いしたのかフェルナンが不安げな顔になる。
「いいや、可笑しくはないとも」
オレが彼の恋愛にとやかく言える立場ではないことを思い出し、そう答える。
「それで、リオネルさんに何度もアタックしたのか……」
「はい。毎回告白してるんですけど『年上を揶揄わないで下さい』って微笑まれるだけで。それはそれで可愛いんですけど」
頭が痛くなってくる。
既に何度も告白しているなら、『好きだ』という言葉にもうインパクトは無い訳だ。これは少し工夫が必要になるぞ……。
と、頭の中で作戦を組み立て始めている自分に気が付いた。
どうやらなんだかんだと言って、オレはおだてられてその気になっているらしい。フェルナンの熱意に負けた自分に苦笑するのだった。
「分かった。取り敢えずリオネルさんについて調べてみることにしよう」
「え? こう、神懸かり的に的を射たアドバイスとかは無いんですか?」
拍子抜けしたように目を白黒させるフェルナン。
その彼に、オレは重々しく溜息を吐く。
「お前は何か勘違いしているようだな」
眼光が鋭くなってしまったのか、見下ろされたフェルナンがビクリと竦んだ。
「オレには魔法のように一言で恋を成就させることはできない」
生まれつき魔力もないしな。
「いいか、恋のキューピッドに必要なのは――――地道な調査と試行錯誤だ」
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