第50話 好きだ。愛してる。

 "ラファエル。今夜、お前の部屋に行ってもいいか。"


 王城に帰り着くなり、お兄様が声をかけてきた。

 オレはそれに黙って頷いた。

 それだけで精いっぱいだった。


 話の内容は、きっと……。


 想像するだけで顔から火が吹き出そうだったから。



 夜の帳が下りるまで、随分長く感じた。

 そわそわと部屋を右往左往しながら、お兄様が来るのを待った。


 そして。


 コン、コン。


 ノックの音が聞こえるなり、オレはドアに飛びついた。


「お兄様……」

「入っても?」


 漆黒の肌に、鋭い目つき。

 目にするだけで心臓がドキリと跳ねてしまう。

 愛しい人――――兄、マルセルがそこにいた。


「ああ」


 彼を部屋の中へと入れる。

 

「ラファエル、今日はお前に伝えたいことがあって来た」


 椅子に腰かけたお兄様が静かに話を切り出す。


「ああ……」

「半ば予想がついてるかもしれないが、改めて言わせてもらいたい」


 ごくりと唾を飲む。


「ラファエル……好きだ。愛してる」


 そして、遂にその言葉が兄の口から出たのだった。


「それは、兄弟としてではなくではなくて……」

「ああ、お前の身体に触れたいと思っている。そういう類の愛おしさだ」


 改めて言葉で聞いて、込み上げてくるものを感じた。


 兄に一度目の告白をされた時から、ずっと考えていた。

 オレはこれでいいのだろうか、と。


 兄弟だから交わってはならない。

 それは確かにもっともらしく、理性的な選択に思える。

 だが兄はこんなにも真摯に熱くオレを想ってくれているのに、それを拒絶するなんて。

 社会的な規範よりも兄の方がずっと大事なのに。

 いや、兄より大事な存在なんてないのに。


 何より、オレ自身が。

 兄と愛し合いたいと望んでいた。


「返事を聞かせてくれないか、ラファエル」


 お兄様がそっとオレに手を伸ばし、頬に手を添える。

 熱くなった頬がお兄様の指に触れてしまう。


「オレも……お兄様のことを愛してます」


 感極まった想いが涙となって零れ落ちる。

 その涙を掬い取って兄が微笑んだ。


「そうか……気持ちは一緒だったか」


 お兄様が顔を寄せる。

 近づいてきた唇に、何をするのかを悟ってそっと目を閉じた。


 ふわり。


 唇に触れる感触。

 お兄様と接吻くちづけを交わしたのだ。


「ラファエル、この先に進んでもいいか?」


 唇を離し、兄が間近で囁く。

 『この先』とは何か、言われずとも分かっている。

 オレは耳まで燃えるように顔が熱くなるのを感じながら、こくりと頷いたのだった。


「じゃあ、行こうか」


 耳元に囁かれた台詞に『どこに?』と思っていると、ぐっと身体が持ち上げられる。

 彼の逞しい腕に軽々と抱え上げられ、お姫様抱っこされているのだ!


「わ、うわっ」

「ふふ、ラファエルは軽いな」


 彼が浮かべた微笑の艶っぽさに、下腹の辺りがキュンと疼く。

 兄はいつの間にこんな色っぽさを身に着けたのだろう。


「ほら」


 オレの身体は天蓋付きベッドの上に下ろされた。

 ベッドということはつまり、やっぱり、そういうことだ。

 彼がベッドの上に上がってきて、ベッドがギシリと軋む。


「ラファエル……」


 彼がオレの身体の上に覆いかぶさり、見つめてくる。

 その視線だけで身体が熱を持っていくのが分かる。


「お兄様……」


 お兄様の黒くしなやかな指がオレの顎をくいっと掴み、上を向かせる。

 そしてまた、二人の唇と唇が重なった。

 今度はそれだけに留まらず、ぬるりとしたものが唇の間から押し入ってくる。


(舌だ……)


 本当にこれから彼と交わるのだと思った。


 幸福な気分が胸の内に満ちていくのを感じた。

 彼の告白に頷いて良かった、と思った。

 お兄様にこんなに幸せにしてもらえて、兄も幸せになれるのなら。

 この選択をしたことは決して後悔すまい。この先、何があろうと。


 互いに舌を絡め合い、陶酔していると衣擦れの音が響く。

 彼がオレの服をゆっくりと脱がせていっているのだ。


 やがて彼の手がオレの身体を優しく撫で始め――――


 ……………………


 …………


 ……


 朝。

 オレたちはベッドの中で互いの微笑みを見つめ合いながら目を覚ました。

 オレの顔にかかっていた黒い前髪を、彼の手が優しく掻き上げる。


「ずっと思っていた。美しい顔をしていると」


 彼が低い声で囁く。


「お前を初めて目にしたその瞬間からだ」


 オレを真っ直ぐに見つめてそんなことを言うので、オレは頭の中が甘く蕩けてもう何も言えなくなってしまった。

 第一声からこれなんて、お兄様攻撃力が高すぎる。


「画面の向こう側からでも、お前は美しかった」

「がめん……?」

「いや、なんでもない。こちらの話だ」


 晴れやかな顔で微笑む彼の表情を見て、兄を苦しめていたものが去ったのだということを悟った。

 お兄様はもう、夜に魘されることはないだろう。


 満ち足りた気分で兄の身体にぎゅっと身を寄せたのだった。

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