第48話 君を私の視線の色で染め上げたい。

 深く息を吸い、そして吐く。

 心臓の鼓動がバクバクとうるさい。

 私は覚悟を決めると、クリスの部屋の扉をノックした。


「クリス、私だ」

「ああ、ジェラルドか、入って来いよ」


 彼の言葉に誘われて、私は部屋の中へと足を踏み入れた。


「いいって言ったのに、また何か持ってきたのか」


 私が手に持っている物を見て、クリスが苦笑した。

 その笑み一つだけで狂おしいほど愛おしい気持ちが込み上げてくる。


「今日は甘味じゃない。このペンダントの礼だ」


 首から下げて服の内側に仕舞っていたそれを引っ張り出す。

 鎖に繋がれた青い石がきらりと光る。


「なんだ、甘いものでいいのに礼なんて」


 クリスが快活に笑う。

 彼は本当に私の前で素の表情を見せてくれるようになった。

 彼の魅力はさらに増していくようだ。底というものを知らない。


「それで、中身はなんだ?」

「ああ、開けよう」


 包みの中から黒い小箱を取り出す。

 そして彼に見えるように小箱をぱかりと開けた。


「指輪……しかもこれ、魔力結晶なんかじゃなくて……」

「ああ、本物の宝石だ」


 彼へのプレゼントは、紅い宝石をあしらった指輪だった。


「…………」

「うん? どうしたクリス?」


 クリスは指輪を見つめたまま黙り込んでしまった。

 一体どうしたというのだろう。


「あ、あんた……本物の馬鹿だな!?」


 顔を上げたと思ったら、彼はそんなことを叫んだのだった。


「何処に魔力結晶の礼に宝石をプレゼントする奴がいる!?」

「ここに……」

「ああ、そうだな! あんたがその馬鹿だったな!」


 クリスはこのプレゼントがお気に召さなかったのだろうかと、しゅんと眉を下げる。


「ああーもう、そんな顔をすんなよ」


 クリスはがりがりと髪を掻き毟ると、小箱に向かって手を差し出す。


「受け取ってやるから」


 その言葉に私はたちまちの内に笑顔になり、彼の手に小箱を手渡した。

 彼ははにかみながら小箱をしげしげと眺めると、指輪を手に取る。


「今、嵌めても?」


 頷いてやりたいところだが、今日はその前に彼に話があるのだ。


「その前に、君に聞いて欲しいことがある」


 その言葉にクリスが緊張した面持ちになる。


「……なんだ?」


 息を吸って、吐いて。

 手先が震えるのを落ちつけようとする。

 そして私は言葉に出した。


「クリス……私は君が好きだ。付き合ってくれないか」


 見る見る内にクリスの顔が赤くなっていく。


「それは……」


 彼がゆっくりと指輪を箱の中に戻す。


「イエスと言わないとこの指輪はやらない、という意味か?」

「え?」

「オレが金で靡くような人間だと思われたんなら心外だな」


 彼の言葉に自分の顔が青ざめていくのが分かる。


「いや、違う、そういう意味じゃなくてだな、」

「……ふっ」


 私を睨みつけるように見つめていた彼の顔が、ふっと破顔する。


「悪かったよ、意地の悪いことを言って」


「えっと……?」


「ただ、あんまりにもあんたがオレなんか相手に自信なさげだから、からかいたくなっちまって」


 クリスが改めて小箱から指輪を取り出すと、その指に嵌めた。


「それは、つまり……」

「付き合ってやるってことだよ、ジェラルド」


 その言葉が聞こえた瞬間、感激のあまり幻聴を聴いたかと思うほどだった。


「く、クリス……!」

「こんな大層なプレゼントが無くたって、あんたと付き合いたいやつは山ほどいるだろうに」


 指輪を嵌めた自分の手を眺めるクリスの顔は、嬉しそうにニヤけていたのだった。


「いや私はただ単に、君の指にそれが嵌っていたら大層綺麗だろうと……」

「へえ、それだけか?」


 クリスがニヤついた顔をこちらに向ける。


「これ。あんたの瞳の色と同じ色だろ?」


 紅い宝石がキラリと輝く。


「公爵様は独占欲がお強いんだな?」


 何故その色の宝石を選んだかまで見抜かれていて、かーっと顔が熱くなった。


「いや、それは、その……その通りだ。君に私の色を付けさせたかったんだ」

「ふふっ」


 彼はくすりと微笑むと、しなやかな両腕を私の首に巻き付ける。


「いいぜ。オレをあんたの色に染め上げて見せろ」


 彼の瞳が挑発的に光っている。


「っ」


 何かを言う前に、唇が塞がれた。

 彼の身体が密着してきているのが分かる。


「クリス……」


 唇を離して彼を見つめる。


「ジェラルド。オレもあんたのことが好きだ」


 彼がオレに向かって艶っぽく微笑む。

 そして彼の身体をベッドの上へと押し倒し……


 ……ここから先は二人だけの思い出だ。

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