第40話 不可解?

「クリスが淹れてくれるお茶はやっぱり美味しいな」

「それもこれもマルセル様のおかげです」


 オレが紅茶の感想を口にすると、クリスが嬉しそうに微笑む。

 いつもの段取りを経て、クリスとのお茶会が始まった。


「クリス、最近はどうだ?」

「貴方様のお陰ですべて滞りなく業務を果たせております」


 クリスがにこりと執事然とした完璧な笑みを浮かべる。


「最近、公爵と仲がいいんだろう? 彼とはどんな感じなんだ?」


 そう尋ねてみると、彼の笑顔が僅かにピクリと崩れた。


「……本当によくして頂いております。不思議なくらいに」


 彼のその言葉に何か含みがあるような気がした。


「不思議、とは?」

「いえ、特に意味はございません。言葉の綾でございます」


 本当にそうだろうか。

 クリスの態度が不自然に感じて、じっと見つめて圧をかけてみる。


「…………」

「…………」


 ツリ目と笑顔とが暫し睨み合う。


「……分かりました。白状しますよ。貴方の眼光には耐えられない」


 そしてクリスの方が先に表情を崩して苦笑いするのだった。


「公爵は確かによく私に菓子を持ってきてくれて、親切です。ですが……」

「何か嫌なことでもされたのか?」


 まさか師匠がそんなことをする筈がないとは思っているが、クリスの顔色が優れないのでそう聞いてしまった。


「いえ! ただ、彼の好意が私には不可解なのです」

「不可解?」


 彼の言葉に眉を顰める。


「他人の好意が理解できないなどと言うつもりはありません。かつての執事長やマルセル様には目をかけていただきましたから。ただ、それは私が立派な執事になることを望まれていたからこそだと思っています。対して公爵のそれは……私に何をしてもらいたいのか分からない。そこが、私には不気味にすら映るのです」


 なるほど、そういうことかと頷く。

 これは絶好のチャンスだ。

 何とかして公爵への印象を好転させるには、さて何と言ったものか。

 少し考えてから、口を開いた。


「それは多分だが……公爵はクリスのことそのものが好きなだけなんだと思う」

「へ?」


 クリスが小さい頃のような素の表情で驚く。


「一緒にいるだけで楽しいとか、笑顔を見たいとか……そういう類の好意なんじゃないか?」


「それはつまり、恋愛感情とか、そういう?」


「本人に直接聞いてみるといい。もしかしたら本人も理由が分かってなくて答えられないかもしれないが、少なくともその反応を見れば何かしら納得できるものがあるんじゃないか?」


「納得、ですか……」


 クリスが口元に手を当て、思案する表情になる。

 脳裏にジェラルドの姿を思い浮かべているのだろうか。


 彼の真剣な表情に微笑ましくなってしまった。

 一時期はどうなることかと思っていたが、ジェラルドとクリスが上手くいきそうで良かった。


「確かに、それがいいかもしれませんね。私などの相談に乗っていただき、ありがとうございます」


「いいんだ。オレの方がクリスよりずっと長く生きてるんだからな」


 口を滑らせた後に、しまった、と背筋が凍る。

 転生してからはまだ23年しか生きてないのだった。

 言うほどクリスと年が離れてないぞ!


「それでも、貴方の言葉で気分が楽になりました」


 良かった、クリスは細かいことは気にしてないようだ。

 危ない危ない、気が抜けていた。気を付けないとな。


「それにだな」


「はい?」


「少なくともオレがこうしてたびたびクリスとお茶会をしていたのは、クリスを立派な執事にする為じゃないぞ。クリスと仲良くしたいからだ。執事長の爺さんだって、クリスのことを孫のように思ってたんじゃないか?」


「……!」


 今初めて気が付いたという風に彼は目を見開く。


「……どうやら私は、今の今まで他人の好意というものが理解できてなかったみたいですね。未熟でした」


 ぽろりと一粒の涙を零したクリスに、肩を竦めて笑いかける。


「そうか、理解できて良かったな」

「はい……!」


 クリスはにっこりといい笑顔で笑う。

 こうして彼の世界は少しずつ暖かいものになっていくのだろう。

 ふと、そんな風に思ったのだった。

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