第39話 お兄様に謝りたくて。

「お兄様」


 コンコン、と控えめなノックの音と共にラファエルの声が聞こえた。

 今朝見た夢を思い出して身体が強張る。

 だがラファエルを追い返す訳にもいかない。


「……」


 ドアを開くと、不安そうな顔をしたラファエルがそこにいた。

 こうして見ると彼の背が本当に伸びたのが分かる。

 あんなに小っちゃかったラファエルが。

 残念ながらオレの背丈は追い越せなかったが。


「入れ」


 ラファエルを部屋の中に招き入れた。


「……」


 黙って椅子に腰かける。

 彼とどんな言葉を交わしたらいいか分からない。

 今朝の夢のこともそうだが、先日の街での出来事もかなり気まずかった。

 彼の……誘いを無碍に断ってしまったから、ラファエルは傷ついているのではないだろうか。


「お兄様……この間のことだけど」


 だから、ラファエルの方からその話題を出された瞬間、思わずビクリと竦んでしまった。


「あ、ああ、なんだ?」

「お兄様に、謝りたくて」


 顔を上げてラファエルの顔を見つめる。

 彼の今の言葉は本気のようだった。

 オレが謝るならともかく、彼が謝るべきことなどあっただろうか?


「この間…………お兄様を慰めようと肌を晒したこと」


 その言葉に、この間目にしてしまった彼の白皙の肌がフラッシュバックする。

 それと同時に下肢が熱くなる。


「そんなことでお兄様の気は晴れない。お兄様はそんなに安い人間ではないと分かっていたのに」


 いや。

 オレは確かにお前に情欲を抱いている。

 オレはお前が考えるような聖人じゃないんだ、ラファエル。


 そのことがラファエルにバレたら……当然、幻滅されるだろう。

 デッドエンドまっしぐらだ。

 たとえ死ぬまでいかなかったとしても、弟に失望されたくはなかった。


 だから、オレはラファエルの望む通りの兄を演じなくてはならない。


「いや、そんなことでは怒ってない」


 なるべく穏やかな声で彼に語り掛ける。


「ただお前が自分の身体を安売りしたことには少し怒ってる。もっと自分を大事にしろ」

「お兄様……うん、ごめん」


 ラファエルが静かに涙を流している。

 よしよし、理想的な回答ができたようだ。

 この調子で完璧な兄を演じ……そしてラファエルを誘導しよう。

 他人に弟がとられてデッドエンドになったりしないように。


「オレだけじゃなく、他の誰にも二度とああいったことを言っては駄目だ」

「お兄様以外に言ったりなんかしない!」


 ラファエルがぱっと顔を上げ、透明な涙の粒が飛び散った。

 従順で甘えん坊だった頃のラファエルそのままだ。


「そうか、安心した。オレはお前の幸せを望んでいるんだ、分かったか?」

「うん。お兄様は優しいな」


 ラファエルの肩にそっと手を置くと、彼は微笑みを浮かべてオレを見上げた。

 その顔からはオレへの信頼が読み取れる。


「ラファエル。何か悩みがあったらすぐにオレに相談しなさい。いいね?」


 ラファエルに恋の兆候が生まれたらすぐに察知できるように、そう言っておく。


「ああ、必ずお兄様を頼る」


 一心にオレを信じて見つめるラファエルを見て、オレは閃いたのだった。

 ラファエル以外にも、他の奴らも会話でそれとなく誘導することが出来るんじゃないだろうか。

 一人ずつ会って会話して、くっつける予定になっている相手の印象を操作する。

 やりようによっては、可能かもしれない……。


 オレはその策について真面目に検討してみることにした。

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