第31話 ミコサマじゃなくて、ロビン
「御子様が発見された」
師匠の稽古を終え、ルイの見舞いに行き、そして夜にラファエルと会話をした翌日のことだ。騎士団の団長に召集され、任務の内容を説明された。
「そう、18年前に弾けた実から生まれた御子様だ」
団長の説明に「ついに来たか」と悟る。
ついに主人公が王城に来る日が来たのだ。
「どんなに捜索してもついぞ見つからず保護する前に亡くなったのかと思われていた御子様だが、無事生きていたのだ。どうも山の中で生活していたらしい。今は麓の村で保護されている。我々第二騎士団の役割は、その御子様を迎えに行き、無事王城までお連れすることだ」
「了解しました」
ゲームの中ではマルセルはごく潰しだった。
だが今のオレはこうして騎士団に所属しておいたおかげで、幸運にも御子にいの一番に接触する可能性を得られた。
別にここまで計算して騎士になった訳じゃないが、これは僥倖だ。
目的地の村までは馬に乗っても何日かかかる。
その間王城を留守にすることをラファエルに伝えると、ラファエルはぎこちなく曖昧な返事をしたのだった。
どうしたのだろう。てっきり寂しがると思っていたのだが。
まあラファエルももう大人だ。
たったの数日間会えないくらいで寂しがったりはしないか。
小さい頃は授業で小一時間離れるだけで泣きじゃくったものだけれど。
「やっと着いたか」
御子を王城まで乗せていく為の馬車を護衛しながら、やっと遠方のその小さな村に辿り着いたのだった。
「御子様がおられるのは此方でございます」
村長に案内されて、御子が保護されている村長宅へと騎士数名で赴く。
村長宅へと入り、村長が御子を連れてくるのを待つ。
「御子様、騎士団の皆さまが到着なされましたよ」
村長が一人の青年を伴って来る。
茶色の短髪のごく普通の青年だ。
額に刻まれた魔法陣のような聖痕が無ければ、平凡な平民にしか見えない。
「わぁー……」
御子はきらきらと瞳を輝かせてオレ達を見つめる。
なんだか子犬みたいな男だ。
今にも喜びのあまりにそこら中を走り回り出しそうな危うさがあった。
そしてその予感は当たっていた。
「御子様、我々が貴方を王城までお連れしま……わぶっ!?」
その場に膝を突いて傅こうとしたオレに、御子が何故か飛びついてきたのだった。バランスを崩して倒れそうになり、慌てて彼を抱き留めて支える。
「やったやった、一度でいいからお城見てみたかったんだ! ありがとう騎士様!」
オレの目の前で無邪気に笑う御子。
その18歳にしてはあまりに幼い様子に、やっと思い出したのだった。
主人公は山の中の小屋で、両親と両親の語る御伽噺しか知らずに育ってきた。
なので敬語は当然使えないし、ハグが挨拶の基本だと思っているピュア人間なのだ。
つまりいきなりオレに飛び掛かってきたのは挨拶のハグのつもりだ……。
苦笑いしながらも、オレの頭は冷徹に計算を弾き出していた。
これは使える――――と。
「あ、あの、御子様……」
同僚の騎士が御子に対して何か言おうとする。
オレはそれをすかさずキッと睨み付ける。
「お前、まさか御子様の言動に文句を付けるつもりじゃあなかろうな?」
「め、滅相も無い!」
その騎士はディノワール家よりも格下の貴族家出身だったので、権威を笠に着て黙らせてやった。権威というかオレの眼光にビビったのかもしれないが。
御子のこのハグ癖を矯正させる訳にはいかない。
せめてルイと引き合わせるまでは。
主人公がルイルートに進むのが唯一マルセルが死なないルート。
だから主人公とルイをくっつけるというのがオレの計画だ。
そこでこの主人公のハグ癖が役に立つはずだ。
ルイは魔力欠乏症で、身体が敏感な状態にある。
そこで主人公にいきなり熱く抱擁されれば、多少はその気になるだろう。
やはりこの数年間ジェラルドとクリスを仲良くさせるのに、お茶会に同席させるだけというのは手がぬるかった。
恋が生まれるのに必要なのは物理的接触だ。それしかない。
ふふふ、我ながら自分の閃きが恐ろしい……!
ゲームの中では早々に正されてしまう主人公の非常識さも、オレが利用してみせる!
「それでは御子様、こちらの馬車へどうぞ」
「ロビン」
御子が脈絡も無く発した単語に目が点になる。
「は……?」
「ミコサマじゃなくてロビンだよ、ボクの名前」
デフォルトネームか、と理解した。
ゲームでは主人公の名前は特に弄らなければロビンになるようになっている。
御子は今、自分の名前を名乗ったのだ。
「では、ロビン様。こちらへどうぞ」
御子ことロビン。
オレはお前に殺されたりはしない。
逆に利用しおおせてみせるとも。
笑顔の裏に敵意を隠しながら、オレは彼を馬車に乗りこませたのだった。
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