第30話 ちょっと人恋しい
常に完璧に生きろと教えられてきた。
ルイ、お前は何においても隙を見せてはならない。
お前が王に相応しくないと思えば、周りの貴族らはすぐにでもお前を玉座から引きずり下ろし打ち首にするだろう。
この国が長い間戦争もなく平和でいられたのは、先代達の努力の賜物だ。
決してその上にあぐらを掻いてはならない。
物心ついた時から、ずっとそう言われてきた。
それがこの国と僕を思って発された言葉だというのは理解できる。
だが正しい言葉だからこそそれが僕にとっては辛かった。
僕は正しさだけでは生きていけない甘えた人間で、そんな僕に息を吸わせてくれたのはマルセルだけだった。
マルセルは僕にとってただ一人の人なんだ。
きっと彼にとっては僕は大勢の中の一人だろうけれど。
「元気そうで良かった」
僕の部屋を訪ねてきたマルセルが、僕の顔色を見てほっと胸を撫で下ろした。
「倒れたって聞いて吃驚したよ」
「心配させてすまない。忙しくてエーテルを飲むのを怠ってしまったんだ」
マルセルが僕に向かって和やかに微笑む。
彼の鋭い視線が、微笑んだ途端に柔和になる瞬間が好きだ。
僕が魔力欠乏症であることは重大な弱点だ。
他人に知られればそれが隙だと思われる。
次期国王として相応しくない、となんだかんだと難癖付けられるだろう。
僕の病は両親と乳母以外にはマルセルしか知らない。
つまり食事の時にエーテルも摂取する、という訳にはいかない。
一人きりになれる時間が必要なのだ。
「おいおい、それは大丈夫じゃないだろ。もっと余裕のあるスケジュールに出来ないのか?」
「それはちょっと難しいな。最近は王子として出席しなければならない催しも多い」
彼の表情が険しくなる。
「反省はしてる。今度からは執事長か誰かに協力してもらって、忙しくても何とか魔力を補給する手立てを考えるよ」
「……それならいいが」
それだけじゃ心配だ、という意見が彼の顔からありありと読み取れた。
彼の素直な表情筋が愛らしくてたまらない。
「あまりお前の貴重な休養の時間を邪魔しちゃいけないから、オレはもう去るとしよう」
彼が腰を上げる。
「待って!」
思わず彼の腕を掴んで引き留めてしまう。
彼の肌はひんやりと冷たかった。
「うん、どうした?」
「あ……」
手から伝わる彼の感触に身体が疼く。
君にこの身体を捧げたい、そう口にすることが出来たらどんなにいいか。
でもそれは駄目だ。
それは僕のやって欲しいことであって、彼のしたいことではない。
僕は彼を消費する為に好きになったんじゃない。
僕は彼の為に何かしてあげたいのだ。
「えっと……別に邪魔じゃないから、もう少し話をしていたい。ちょっと、人恋しい気分なんだ」
滾る欲をやっとの思いで抑え、それだけ要求した。
「そうか、分かった」
彼が再び腰掛ける。
「こないだの騎士団での初仕事の話でもしようかな……」
そうして彼は低い声で語り始めたのだった。
彼の柔らかい声が胸に暖かく響いた。
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