第28話 これは命令だ、クリス。

 時は少し遡り、ジェラルドに稽古をつけてもらっていた時のことだ。


「師匠、何か?」


 ふと視線を感じて、彼を見やる。

 こんな時、彼は決まって困ったように視線を逸らすのだった。


「いや……何でもない」


 若き公爵、ジェラルド・エルヴェシウス。

 その顔はゲームで見たよりも少しばかり若く見えた。

 何故だろうか。考えながら彼の顔をじっと見つめてみる。


「マルセル様、今日もお疲れ様です」


 その時、クリスが現れてオレの顔を拭いてくれた。

 途端にジェラルドの眉間にぎゅっと皺が寄る。


 (あ……)


 眉間に皺が寄った瞬間、ゲームで見慣れたエルヴェシウス公爵の顔になった。

 そうか、何となく若く見えたのはいつもは解れた顔をしているからか。

 立ち絵ではいつも眉間に皺を寄せているけれど、実際の素の表情はもっとリラックスしているということかな。


 ジェラルドの表情だけではない。

 ゲームの中と実際とで微妙に食い違っていることは他にもある。


「マルセル様、お部屋で全身の汗をお拭きします」


 例えばこのクリスだ。

 ゲームの中ではクリスは主人公が来るまでは特に誰の執事ということはなく空いていた。だから主人公が王城にやってくると、主人公の専属執事になって身の回りの世話をすることになる。

 ところが現在、クリスは何故かオレの執事になっている。


 まあ計画に差し障りはないし、むしろまかり間違って主人公がクリスルートに入る可能性が低くなるから好都合ですらある。なのであまり気にしていない。


 だが、ゲームの中と実際はまったく同じではない、ということは念頭に置いた方がいいだろう。


 それにしても「ビビりならしゃーねーな」なんて無邪気に笑ってたクリスが、立派な執事になったものだ。

 彼は本当に気配りが細やかで、痒いところに手が届いてくれる。

 きっと影で沢山の努力をしたのだろう……とは思うのだが。


「待て、マルセル。せっかくだからお茶にしないか? クリスくんをあんまり働かせるのも悪いから、で」


「お気遣い頂きありがたいのですが、お二人の茶会の準備をする程度負担でも何でもございません。どうぞ遠慮なさらず、私になんなりとお申し付け下さいませ」


 オレをよそに笑顔の圧力をぶつけ合う二人に頭が痛くなる。


 この二人の仲もそうだ。

 ゲームの中ではジェラルドとクリスの仲が悪いなんて話は特になかった。

 というか二人の間に関わりなんてほとんどなかった。

 会話がなかったから分からなかっただけで、実は二人の性格的な相性は最悪だったのだろうか?

 オレが二人を引き合わせてしまったからそれが判明したのか?


 二人ともBLゲームの攻略対象なのだからくっつけるのは簡単だろう。

 そんな風に思っていたオレの見通しが甘かったと言わざるを得ない。


 もうジェラルドとクリスの二人をくっつけさせるのは諦めて、適当な女NPCとカップルにさせようか。そんな考えが一瞬頭を過ったが、それはできない。

 だって彼らはBLゲームの登場人物だ。主人公と恋愛するシーンがある。

 それはつまり、彼らは同性愛者ということだろう。


 オレは最初BLゲームの中に転生したと理解した時、地獄に突き落とされたのかと感じた。だから女性と付き合わされるなんて彼らにとったらその方が地獄だろう。

 オレは皆に幸せになってもらいたいから、そんなことはできない。


 じゃあ主人公やジェラルドは放置して勝手に幸せになってもらうか?

 それもできない。油断してる隙にいつの間にかオレの弟ラファエルを口説いていたら嫌だからな。

 だからやっぱり計画通りに行くしかない。彼らをくっつけるしかないのだ。


「マルセル?」

「マルセル様、いかがなさいましたか?」


 頭を抱えて考え事をしているオレの様子に二人がやっと気づく。


「ちょっと……頭が痛い……から、もういっそジェラルドとクリスだけでお茶しててくれ」


 オレはもうやぶれかぶれになってそう言った。


「!?」

「そういう訳には参りません、マルセル様のお加減が悪いのならば……」


 部屋に戻ろうと歩き出したオレにクリスが追いすがる。


「オレは放っといて公爵をおもてなししろ。これは命令だ、クリス」

「……っ!」


 振り向いてクリスを睨み付けると、彼はビクリと身を竦めた。

 この悪役顔のせいで少し顔を顰めるだけで眼光が鋭くなってしまう。


 いや、それにしても、そうか……。

 顔を青くしながらも従順に命令に従うクリスの姿を見て閃いたのだった。


 ――――非情に徹すれば手なんていくらでもあるじゃないか、と。

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