第27話 ハハハ……ふふふ……
漆黒の肌を汗が滑っていく。
その滴が彼の肌の艶やかさを引き立てていた。
「師匠、何か?」
自分の思考にハッとなってブンブンと頭を振る。
何を考えているのだ、私は。
自分より十も年下の人間に対して。
最近、無意識に彼の肌を目で追ってしまう自分が恐ろしかった。
「いや……何でもない。今日もよく頑張ったな、マルセル」
今日も稽古を最後までこなした彼に微笑みかける。
「はい。師匠のおかげで、立派な騎士になれました」
彼は私の邪念には欠片も気づくことなく、爽やかに笑い返すのだった。
この18年間弛むことなく鍛錬し続けたマルセルは、王城の騎士になることができた。この王国はもう長いこと戦争をしていない平和な国だし、
体付きも随分と立派になった……とまた彼の肉体に視線を這わせてしまう。いけないいけない。
これが恋心ではないのは分かっている。
ただ私はこのマルセルという青年に幻想を抱いてしまっているのだ。
私の一番苦しい時期を支えてくれた彼に。
そういった安易な欲を他人にぶつけるのは良くないことだ。
私の想いは封じておかなければならない。
「マルセル様、今日もお疲れ様です」
何処からか彼の執事が現れ、ハンカチを取り出して彼の額の汗を拭く。
妙に距離が近く、艶っぽい視線をマルセルに向けている。
いけないと分かっているのに、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
「今日も控えていたのか。稽古をいちいち執事に見られていたのではマルセルも集中できなかろう……と以前言ったはずだが?」
腕を組み、青髪の若い執事に小言を言う。
「ええ、ですから終わる頃を見計らって此方に来たまでです」
執事が私にニッコリと完璧な笑みを見せる。
だが何故だかその笑みの奥から私への敵意のようなものを感じる。
別にこの執事がマルセルに対して懸想しているだけならば、私がそれを邪魔する道理はない。
だがクリスというこの執事が私に向ける視線にはある意図を感じるのだ。
彼に見つめられるといつもこう問われているような気分になる。
「それでいいのか?」と。
私がクリスと初めて出会ったのは数年前のことだ。
その頃はクリスはまだ十代前半の少年で、ただの執事見習いだった。
マルセルに茶会に誘われ、そして紅茶を淹れるのが上手い執事見習いがいるとクリスを紹介されたのだった。
クリスがマルセルを見つめる視線の熱さに私はすぐに気づいた。
彼がマルセルに対して抱いているのはただの憧れではないと。
そして同時に彼も私に対して何かを感じ取ったらしい。
その日から私とクリスはライバルになったのだ。
マルセルをどうこうするつもりはないが、彼にだけは負ける気はない。
「マルセル様、お部屋で全身の汗をお拭きします」
クリスがマルセルを何処かへと連れていこうとする。
「待て、マルセル。せっかくだからお茶にしないか? クリスくんをあんまり働かせるのも悪いから、二人だけで」
「お気遣い頂きありがたいのですが、お二人の茶会の準備をする程度負担でも何でもございません。どうぞ遠慮なさらず、私になんなりとお申し付け下さいませ」
「そうかそうか、クリスくんは働き者なんだなあ」
「いえいえこの程度当たり前のことでございます」
クリスの視線と私の視線がぶつかり合う。
「ハハハ……」
「ふふふ……」
そんな私たちの様子を見て、何故だかマルセルが頭を抱えるのだった。
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