第23話 吸血侯爵、それが私の父です。
「とても……懐かしい味です」
頬を伝う雫に、ハッと惹きつけられる。
あれから数日後、オレは約束通りリオネルさんとのお茶会を実行したのだ。
そしてリオネルさんが紅茶に一口、口を付けた途端にその瞳から涙が溢れ出したのだった。
「す、すみません……!」
リオネルさんは眼鏡を外してごしごしと顔を拭う。
「その、両親とよく飲んだ紅茶と同じ銘柄だったもので、つい……っ!」
そういえばリオネルさんは元侯爵家の嫡男なのだった。
詳しい事情は知らないが、彼の両親が健在ならば没落などすることは考えづらいからきっと……
「自分より一回りも年下の子の前で泣いてしまうなんて、私は情けない大人ですね……」
涙に濡れた顔でリオネルさんは自嘲の笑みを浮かべる。
オレはそんな彼に懐からハンカチを取り出して差し出したのだった。
「そんなことないです。リオネルさんは立派な人です」
「うぅ……」
オレのハンカチがそれ以上彼の涙を吸い込まなくなった頃。
リオネルさんが静かに語り出したのだった。
「私の家が没落したのだということはマルセル様には言ってなかったですよね」
こくりと頷く。
「ただ没落した訳じゃないんです。父は、騙されて殺されたのです」
「それは、どういうことですか……っ!?」
リオネルさんはゲームの中でも何回か登場するNPC。
だがその没落した理由などはゲーム中では語られない。少なくともオレが知る限りは。ゲームの中でも出てこなかった情報に、オレは息を呑んだのだった。
「当時父が親しくしていた商人がいました。代々私の家のお抱え商人をやっていて、幼い頃から親交があったようです。いわゆる幼馴染です。ですが、その商人は突然豹変しました」
静かに語られる事実。
オレはその語り口に何故だか寒気すら覚えたのだった。
「父は罪を着せられました。平民の中から見目の良い少年を何人も攫い、犯し、殺した後に血を啜っていたと。でっち上げの証拠を商人に突き付けられ、父は激情した平民に私の目の前で刺されて殺されました」
気が付いたら冷や汗がどっと出ていた。
ズキンズキンと脇腹が疼くような気がした。
前世で通り魔に刺されて殺された箇所だ。
「マルセル様も聞いたことはあるでしょう、吸血侯爵の噂は。それが私の父です」
リオネルさんが陰鬱な笑みを浮かべて嗤う。
「こんなこと話したのは貴方だけですよ」
「……誰にも口外しません」
明かされた秘密の予想外な重要さに、オレは迷わず誓った。
吸血侯爵の噂は確かに聞いたことがある。
そしてその吸血侯爵が実は無実だったなんて話は聞いたことない。
リオネルさんの父に着せられた濡れ衣は未だに晴れていないのだ。
「ええ。貴方が誰かに言いふらすような人だとは思っていません」
そしてさらに彼は言う。
「貴方も気を付けてくださいね。人は裏切るものです、幼馴染ですらね。……いえ、何も常に人を疑って生きろと言っている訳ではありません。しかし他人に隙は見せないように備えて生きるべきです」
眼鏡の向こうから彼の視線が突き刺さる。
「――――でないと、貴方も悪徳貴族として非業の死を遂げるかもしれません」
お茶会が終わった後も、彼の視線の鋭さが瞼の裏に焼き付いていた。
*
"死ねぇ! 死ね、死ねッ!"
嗚呼、あの夢だ。
いつもの、前世で死んだ時の夢。
見知らぬ男がオレの身体に必死にナイフを突き刺している。
はは、なにをそんなに必死になってるんだろ。
すっかりこの夢に慣れたオレは乾いた笑いさえ漏らすようになっていた。
「死ね、ラファエルを離せこの外道……ッ!!」
「――――え?」
見知らぬ男の顔が、突然ジェラルドのものに変わった。
見たことも無い鬼のような形相でオレの胸に細剣を突き刺している。
と思ったら次の瞬間、ジェラルドの顔がさらにラファエルへと変わった。
「マルセル、お前さえいなければ……ッ!」
ラファエルが憎しみを籠めてオレの首を絞めている。
そうか、これはゲームの中のマルセルの記憶なんだ。
オレも道を違えればこうなっていたかもしれない。
……いや。今からでもこうなる可能性が無いとは言えない。
オレはまだ安全じゃないんだ。
絶対に絶対にデッドエンドフラグを立ててはいけない。
いくら彼らと仲良くしていたところで、フラグを立てた途端に彼らが豹変してオレを殺しに来るのではないか。そんな恐怖がオレを苛んだ。
オレは、絶対に死にたくない。
もう二度と冷たい死を迎えたくないんだ。
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