第2話 お父様の嘘つき!

御宿みやどりの樹の果実が弾けた途端に気絶したと聞いたが、大丈夫か?」


 部屋にお父様が訪ねてきた。

 オレの父親……つまり王城の宮廷魔術師だ。


 オレと同じく黒い肌に、白銀の髪。

 この髪色は年老いているからではない。

 オレもこの年にして白銀の髪をしている。

 きっとそういう家系なのだろう。


 実際お父様の顔はそんなに老けているようには見えない。

 せいぜいが三十代後半といったところか。


「大丈夫です、お父様。心配いりません」


 怪しまれないようにオレがイメージする貴族の子息っぽい口調で喋ってみる。

 その筈なのだが。


「マルセル、どうした!? やっぱり体の具合がよくないのか!?」


 と父親はびっくり仰天してしまった。

 なんだ、今のでも口調が砕け過ぎていたのか!?


 父親の反応にオレまでびっくりしてしまったところでやっと思い出した。

 そういえばオレことマルセルはわがまま放題のやんちゃ坊主で、手の付けられない暴れん坊なのだった。

 そんなマルセルが「心配いりません」なんて天地がひっくり返っても口にする訳がないのだった。


 ……いや、好都合だ。

 この際マルセルのイメージを一新することにしよう。

 暴れん坊のやんちゃより素直ないい子の方が絶対に生きやすい筈だ。

 マルセルはまだ五歳、立て直しが効く。

 わがまま放題に過ごすなどオレの理性が許さない。


 それから、オレは折角のこの機会にはっきりさせておくことにした。

 オレの魔力量に問題があるのかどうかをだ。


「お父様。オレ……僕は魔力が少ないのですか?」


 オレのその問いに父親が息を呑む。

 明らかに動揺した。

 うん、間違いない。黒だ。

 オレの魔力には問題がある。


「うむ、まあ……だが心配はない。魔力が無くったって、他のことに長けた才能がお前にはある筈だ」


 そっと頭を撫でられる。

 その手つきの優しさに、魔力がないことがこの世界ではどれほどのハンデか思い知ったのだった。


「ところでお前に良い報せがある」

「いい報せ?」


 はてと首を傾げる。


「ああ。お前に弟ができるぞ」

「弟……? お母様、赤ちゃんが出来たんですか?」


 しかし母はオレを産んだのが難産だった後遺症でもう子供が産めないはずではないか。

 面と向かって直接そう伝えられた訳ではないが、二十数年分の経験値を得た今では覚えている話を継ぎ合わせれば分かる。


「いや、養子だ。他所から子供をもらってきてうちの子供にするんだ。お前より二つ年下の子だ。仲良くするんだぞ」


 魔力ゼロの長男、オレ。

 そしてそこに来た養子の弟の話。

 ヒシヒシと嫌な予感がするぞ。

 誤魔化せると思うなよ、今のオレは頭脳は大人なんだ。


「その子を跡継ぎにするんですか?」


 純粋無垢に見えるように上目遣いに尋ねた。


「そ、それは……っ」


 先ほどよりも大きな動揺。


 宮廷魔術師の息子なのに魔力ゼロ。

 これでは跡を継がせることができない。

 だから優秀な魔力を持つ子を養子にもらおう。


 そういう話になったのだろう。

 宮廷魔術師が世襲制とは知らなかった。

 急に怒りが湧いてくる。


「お父様の嘘つき! 魔力が無くてもいいって言ったのに!」


 大きな声で叫ぶと、父の脇をすり抜けて部屋から逃げ出した。

 記憶や知識は前世の分があっても、情動は年齢相応のようだった。

 涙を流しながらオレは王城の廊下をあてもなく駆けた。


「マルセル!」


 父が後ろから追いかけてくる気配を感じたが、振り向かずに走った。

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