第5話 騎士子とプリ子、アイスを食べる
「――ぐぎゃっ!?」
その男が鈍い声を上げて前のめりにぶっ倒れる。
「……え? え、えっ! なに? なにがおきたの!?」
自分の隣で男が気絶しているのを見て、まばたきも忘れてテンパる騎士子。ざわつく店内。
男が倒れる寸前、何かが割れるような激しい音が響いていた。
一体何が起きたのか。
騎士子が倒れた男の背後を見ると、激しく砕けた酒瓶が転がっている。
そして、そこに笑顔のプリ子が立っていた。
「大変申し訳ありません、お客様。手が滑ってしまいました」
スラスラと謝罪するプリ子。そのお盆には、まだ数本の酒瓶が乗っていた。
「わたしったら、本当になんてことを……。すみません。もしかしたらまた滑ってしまうかもしれないので、他のお客様たちも、どうかお気を付けくださいね」
ニッコリと、穏やかに、優しく話すプリ子だったが、その発言に男たちが一斉に青ざめていく。
それからプリ子は転んでいた騎士子に寄り添う。
「大丈夫? 騎士子ちゃん。大変……早く傷を洗って手当てしてきて。こっちはわたしが片付けておくから大丈夫」
「え、え? プリ子? あの、一体何が……」
「いいから。ほら早く。怪我が悪化しちゃうかもしれないよ」
「あ、う、うん! ありがと!」
そのまま指を洗いにいく騎士子は、途中であることに気付いた。
先ほどまでプリ子に熱い視線を送っていた者たちが、なぜだか皆、顔をこわばらせて視線を逸らしていた。先ほどまでの賑やかさが嘘のように静まっている。
「? みんなどうしたんだろ? そ、そんなに驚かせちゃったのかな?」
――それ以降は特に問題も起きず、閉店時刻まで必死に働いた騎士子とプリ子。
店を閉め、最後にはだいぶ慣れてきてしまったあの大胆なウェイトレス服から着替えたところで、ふくよかな女店主から給料が手渡される。
「はい、ごくろうさん。二人とも四時間でそれぞれ銀貨4枚ずつね。やー、今日は忙しかったから本当に助かったよ! ありがとね!」
今回の契約は時給銀貨一枚。繁盛店としてそれなりの報酬ではあるが、今回の対価に見合っているかは難しいところである。
すると騎士子が言った。
「……あの、あたしの分は受け取れません。お返しします」
「へ?」
騎士子のまさかの返事に驚く店主。プリ子も隣で目を丸くしていた。
「騎士子ちゃん?」
「だって、あたしたくさん迷惑かけちゃったから。せっかく盛り上がってたお客さんたちの気分も台無しにしちゃったし、怪我をさせちゃった人だっていたし、食器だって何枚も割ったし、こんなに貰えるはずないよ。マスターさん、今日はごめんなさい。足りないと思いますが、あたしの分のお金で代わりの食器を買ってください」
店主の手をスッと押し返し、一切の報酬を断る騎士子。
「い、いやいや待ちなよ騎士子チャン! あれはスケベな客のせいだろうに! 確かに中には高い皿もあったけどさ、騎士子チャンが気にすることじゃないよっ? その分はアイツからキッチリ回収したんだしさ!」
「そ、そうだよ騎士子ちゃん。それにね、あの人はずぅっと騎士子ちゃんの可愛い胸やお尻をじろじろ見ていて警戒してたらほらやっぱりってえっちなことしたからああなっても仕方ないんだよ天罰だよ天に召されても妥当なくらいだよ!」
「え? す、すけべ? えっちなこと?」
店主とプリ子が何を言っているのかまるで理解していない様子のキョトン顔な騎士子。その純粋な反応に店主とプリ子は顔を見合わせた。
「よ、よくわからないけど、とにかくあたしが迷惑をかけちゃったのは事実だから。それじゃあ、今日はありがとうございました! 本当にごめんなさい!」
そのまま外に出て行く騎士子。
その場に残された店主とプリ子は、また顔を見合わせる。
「ああいう子なんです」
「そうみたいだね。ま、あんたが良くしてやんな」
呆れたように笑う店主に、プリ子は笑顔でうなずいた。
それからプリ子が外に出ると、騎士子が壁により掛かって待っていた。
「はぁ~……プリ子にも迷惑かけちゃってごめんね。せっかく稼ぎに来たのに台無しになっちゃった。やっぱりあたし、戦う以外なんにも出来ないんだなぁ」
「騎士子ちゃん……」
夜空を眺める騎士子。
プリ子はその隣に立ち、そっと手の平を騎士子に見せる。
そこには、銅貨が一枚だけ乗っていた。
「騎士子ちゃん。これで明日、おいしいアイスを食べにいこうよ。一つしか買えないけど、半分こしよ」
「え? プリ子、それって……」
「心配しないで。みんなからの餞別の銅貨じゃなくて、
「今日……の? えっ? ど、どうして? だってプリ子にはちゃんと!」
慌てる騎士子に、プリ子は笑顔で答える。
「わたしの方がご迷惑をかけちゃったから、わたしもお給料を全部返却したの。そうしたら、マスターさんがこれだけは持っていってくれって。あと、お給料の代わりにってたくさんお土産もらっちゃった。これ、晩ご飯にしようね」
プリ子の左手には大きな紙袋があり、そこからは美味しそうなパンの匂いが漂ってくる。
騎士子のお腹が「くぅ」と鳴り、騎士子は頬を赤らめながらきゅっと唇を噛みしめ、こくんとうなずいた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
騎士子とプリ子は広場の依頼を確認して絶望した後に、街の有名なスイーツ露店に立ち寄り、騎士子の大好物であるアイスを一つテイクアウトする。
「はい騎士子ちゃん、買ってきたよ。一緒に食べよ」
「うん、ありがと」
「ふふ。遠慮しないで先に食べてね」
プリ子はニコニコしながら騎士子にアイスを手渡し、騎士子はしばらくコーンに乗ったストロベリーアイスを見つめる。
「……ごめんねプリ子」
「どうして謝るの?」
「うん、いろいろ」
そう答えた騎士子に、プリ子はただ優しく微笑む。
「昨日の迷い犬の捜索も、ウェイトレスの仕事も楽しかったよね。特に、ウェイトレスの衣装すっごく可愛かったよ。――でも、騎士子ちゃんにはやっぱり騎士の仕事があってるかも。誰かを守ろうとして戦う騎士子ちゃんは、誰よりかっこいいから」
「プリ子……」
「お仕事はきっとまだまだあるはずだよ。今日は何が出来るか一緒に考えよ? あ、ほらアイスが溶けちゃう!」
「あ、う、うん!」
慌ててアイスを食べようとする騎士子。
そのとき、店でアイスをテイクアウトした少女が嬉しそうに走り出し、石畳につまづいて転んでしまう。当然、アイスも地面に落下してしまって、少女は大泣きする。
騎士子とプリ子はすぐその子を助けに向かい、プリ子が回復魔法で少女のケガした膝を治療。
騎士子は、自分の手にあったアイスを少女へと差し出す。
「はい、これあげるから泣かないで? あ、まだ食べてないから新しいよ!」
「え……? でも、おねえちゃんのなのに……」
「あ、あたしはおなかいっぱいなんだぁ。だから、かわりに食べてくれると嬉しいな? ねっ?」
「おなかいっぱいなのに買ったの……?」
「うっ。そ、そ、そうなの! おねえちゃんドジだから、あ、あはは! だから気にせず食べていいんだよ」
「……! う、うん! ありがとうおねえちゃん!」
その頃には少女のケガもすっかり治癒し、少女は元気に立ち上がってアイスをペロリと舐め、顔を輝かせた。その満足げな姿に、騎士子もまた顔を輝かせる。
「ごめんねプリ子」
「どうして謝るの?」
「うん、いろいろ」
「ふふ、そっか」
プリ子は嬉しそうに笑った。
その瞬間、騎士子のお腹が「くぅ」となる。それを少女に聞かれてしまった騎士子はお腹を押さえながら赤面していった。
そんなとき、騎士子の肩をちょんちょんと叩く者が一人。
二人が後ろを振り返ると、そこにはアイスを二つ持ったスイーツ店の女性店員が笑顔で立っていた。
少女が騎士子のスカートを引っ張りながら言う。
「よかったね! おねえちゃんたちもいっしょにたべよ!」
騎士子とプリ子は顔を合わせ、そして笑った。
騎士子ちゃんとプリ子さん 灯色ひろ @hiro_hiiro
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