花の十連休

 2019年のゴールデンウィーク。

 仕事のペースがつかめない。割と忙しいのだが、世の中が休みと改元でホワホワしているせいか、年始のような雰囲気が漂っている。コードを記述する手がちょくちょく止まる。


 こちらは休みではない。ただの月頭。対して世間は十連休。ひがむな、と言う方が無理だ。

 世間様が働いている時に休んでいることが多いけれど、それは狙ってのこと。休みの日を世間とずらしたい一心で、土日にかなりがんばってるのである。どこへ行くにしても、当たり前だが平日のほうが空いているし、なにより静かだ。


 最近よく行く病院も、平日の14時頃ならガラガラなことがわかった。空いている場所は好きなので、病院内ではいつも半笑いである。

 だが14時と書くと味気ない。ここは午後2時としよう。午後2時ならば、高級団地の若奥様がたおやかにくずれ落ちる時間と言い切っても差し支えはない。

 ドアチャイムを鳴らした相手は、いつものガッチリした宅配業者だろうか。息を潜めた攻防の末、若奥様がそいつ相手にくずれ落ちている午後2時に、おれは半笑いのまま血液を抜かれたり、笑顔で尿を提出したりしている。


 なんでこんな話をしているのか思い出せなくなってきた。

 話を戻すと、世間様の休日は、おれにとって重労働を課せられた日なのである。


 改めてカレンダーを見る。十連休。長い。いまだかつてない長さだ。

 というとなにか、おれに十連勤しろということか。自ら定めたルールに、こうも胸をかきむしられるとは。

 その割には利益が少ないことを鑑み、誰もいないのにわざとらしくため息をついた。こういう癖は多分おれだけでなく、一人で作業している時間が長くなる人は多かれ少なかれあるはずだ。

 そういえばこういう状況を端的に表す言葉があった。


「しがない」


 わざわざ口に出すと余計にしがなさが身に沁みる。

 言霊という考え方があるが、あれは本当だと思う。良い言葉を口に出せばやる気に繋がる。


 十年以上前か、水にありがとうと言い続けると水が美味しくなるとかいう本が流行ったこともあった。

 あの時も冷ややかな目で見ていたが、思い返せばなんという狂気をはらんだ実験だろうか。いい年こいたいいポジションのおっさんが、生命どころか水素と酸素の化合物に、来る日も来る日もポジティブな言葉を投げかけるのである。

 誰か止める奴はいなかったのか。

 日本語でなのか英語でなのかは知らぬが、常に感謝の言葉をかけ続けたら良いものになる、とおっさんは結んでいた。

 他人のことなのでどうでもいいが、もう少し他にやることあるんじゃねえのと感じたものだ。


 ドアが開いた。

 勝手に上がり込んできた三吉が何も言わずに台所へ行き、冷蔵庫を開けてガチャガチャやってから大皿にコーヒーを入れて戻ってきた。


「あれ、休みじゃないんですか」

「世間様の休日はおれの働く日」

「名誉日本人みたいなもんですね」


 どう考えても一線を越えている軽口に反応することは、いまさらない。少ない利益の中で、国民年金も住民税も払いながら働いている自負がある。厚生年金のある会社勤めに、この優越感はわかるまい。


「手伝いましょうか。孤独でしょうし」

「じゃあ帰ってもらえると。それと、孤独ではない。孤高なのだ」

「嫁も子供も実家に行ってるんで、やることないんです」


 おれの話をまるっと無視した返答に、へえ、以外の言葉が出てこないので無視で返す。


「そういえば土屋さん」


 笑いを含んだ声だ。


「まだ、その、小説? でしたっけ? 書いてるんですか?」

「書いてるが。病院とかあるので休み休みではあるが。コーヒーこぼすな」

「PV増えました?」

「これがまったく。なので取材っぽいのに行きたいんだけど、世間様がお休みの日に外に出てたら石投げられそうで」

「否めませんね」


 ため息も出るというものだ。令和になって浮かれムードの世間ではあるが、おれにとっていいことは何一つ無い。PVも上がらず、先述したように出かけるつもりもない。

 元号が変わっての出来事といえば、最近覚えた女子高生を指す言葉「JK」を使って、女子高生を指すのか上皇を示しているのか現場が混乱するという五流ミステリーのネタを思いついた程度である。

 もっとも、そのアイデアを話す勇気も書く度胸もないのだが。


 何はともあれ、今は仕事に集中しなければ。出かけるのは十連休終了後。けだるい雰囲気が国内を包んでからにしよう。


 で、なんで目の前の男は冷蔵庫から取り出した絹豆腐を勝手に食べているのだろうか。

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