素材の味まるだしの材料定食

 日曜日の昼下がり。市街の、古くからある食堂で、お酢をかけた野菜炒め定食を食べている。ここはボリュームのある揚げ物が売りの店だ。

 普段野菜炒め定食があまり注文されないために不慣れなのかやる気が無いのか、かなり不均等な仕上がりである。もやしは水っぽく、ほうれん草と思しき葉っぱは、車道に落ちたちり紙のように粉々である。ところどころ火の通っていない人参やタマネギをガリガリと齧っていると、使い勝手のいい言葉が浮かんだ。


「素材の味、まるだし」


 野菜炒めなど表で食べることは一生ないと思っていた。野菜を食べないという意味ではなく、外食してまで野菜炒めを選ぶ動機がなかったのであるが、これは全て尿酸値の上昇が悪い。


 ここらへん、健康な方は飛ばしていただいても構わないが、通常の尿酸値は4.0から7.0の間に留まっている。これを越すと痛風が発症するのだ。

 魚や肉、干物に多く含まれているプリン体が尿酸値上昇の原因となる。例えばラーメンのスープなどは動物の骨をコトコト煮込んでいるものだから、当然プリン体がぎゅっと濃縮されている。煮干し系とかもってのほか。スープまで飲み干そうものなら、最悪その場で一声「うぎゃあ」と断末魔を上げて歩けなくなる可能性もある。

 尿酸値下降の鍵を握っているものは主に酢の物や野菜類。それと忘れてはならないのが、水分。水をガブガブと飲み、食べるものに酢をぶっかけて景気よく排尿していれば自ずと尿酸値は下がっていく。


 途中から合流した三吉は躊躇なくカツ丼とアジフライを選んだ。ボリボリと音を立てながら野菜炒めを突き崩しているおれを見て不思議そうに言う。


「このきったない店で野菜炒め注文している人、はじめて見ましたよ」

「材料定食な。泥がついてないだけありがてぇ」


 自分で言っておいてなぜそこまで卑屈になるのかわからない。

 この店は、おれが生まれた50年前にはすでにあったと聞く。その頃から店内をウロウロする配膳妖怪のようなババアはババアであったに違いない。

 さすがに店名を表記する気はないが、グルメ系サイトに頻繁に投稿するような人がここのレア野菜炒め(雑)を食べたら、どんな評価を掲載するのだろうか。無愛想な配膳妖怪に怒りを向けたりするのだろうか。考えるだけで恐ろしい。

 あくまでここは揚げ物と野菜炒めのカースト制度が確立しているだけの、古くからある町の定食屋なのである。


「で、これからどうします?」

「万策尽きた」


 神社で地雷を踏んだ。油のついた味付きの野菜を口にした。今日したことといえばこれだけなのであるが、どっと疲れた。


「『干ししいたけや鯵の干物でどれだけ尿酸値が上がるか試してみた』とか人体実験的ドキュメンタリー書いてみてはどうでしょう。『発作が出たらいいね!で応援!』とかやったら面白いんじゃないですかね」


 三吉は何の感情も乗せずにアウシュビッツァー(恐らく非人道的という意味)な考えを口にした。なにか動画の投稿と勘違いしている節もある。


「他人に対する優しさを捨ててはいけないよ?」


 おれも負けず劣らず感情を込めずに告げ、コップの水を飲もうとした。だがいつの間にかテーブルの上の食器は全て下げられていた。配膳妖怪が筋金入りの無表情でこちらを見ながらレジに立っている。いつものことながら完璧な『喰ったら出てけ』である。おれは三吉に言った。


「優しさを捨てるならあれくらい捨てろ」


 勘定を済ませ外に出た。

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