ノンフィクション、ダッシュ&クラッシュ

 とある日曜日。

 グラストラッカー250のエンジンをかけ、さて『取材』に出かけるかと意気込んでいたら、三吉から着信が。


「家にいづらいので、僕も同行していいですか」


 こちらの返事も聴かずに奴は電話を切った。

 おれは嫁すらいないのでそういう経験はないが、子供が育ってくると大黒柱は邪魔者扱いされるらしい。そこらへんは家庭の問題なので、部外者が口を挟む必要はない。

 というより、こちらからは既婚者を遊びに誘ったことがない。昔、毎晩飲み歩いている時、とある夫婦の離婚の原因になってしまったことからの反省である。とはいえ、誘われたのならば断る理由もない。


 まあそんなことはどうでもいいとして、まずは市内で最も大きい八幡神宮を紹介したい。地元民でしか知らない情報を発信できればいいと思っている。

 小説を書いて誰も読んでくれないのならば、ノンフィクションでどうかという実に浅ましい考えを根底に置き、行動するつもりなのだ。


 関東の某駅から徒歩10分ほど。緑に覆われた神社が誰を祀っているとか、建立が何年とかはこの際調べないことにする。そういう情報はネットで調べたほうが早いし、神社のホームページからそれらの情報をコピペするのにも抵抗がある。

 バイクを走らせ、裏手の駐車場に止めた。三吉の携帯電話に場所のメモを送り、聞き込み開始である。



『ハトはどこへ』


 境内を歩くのに邪魔だったほどわらわらいたハトが、90年代後半から急にいなくなった。

 神気に当てられたのか、寄り付かない方法を編み出したのか。前者ならば好ましいが、後者でも鳥害に悩まされている人へのヒントにはなる。

 すなわちPVが上がる可能性が高まる。

 まずは、神社の人に聴いてみることにしよう。いかにもといったおっさんが、境内をほうきで掃いている。世間話のていで話しかける。


 ーこんにちは。ハトいますか?

「どうもご苦労さまです。ハトですか?」

 ーええ、ハトです。最近、ハト見かけませんね

「ハト? いたんですか?」

 ーあ、はい。ハト沢山いました、ハトが

「すいませんね。私、最近こちらにきたもので」


 そうですか。ですかですかと言いながらおれは引き下がった。

 事情を知らない禰宜ねぎ


「おいハトどこ行った? ハトどうした? なあハト」


 と繰り返し尋ねるのは、常識と照らし合わせるとものすごく危険な行為だ。ハトがなにかしらの暗喩に捉えられる可能性もある。

 そもそもハトなどいたか、記憶違いではないかという不安に襲われ、鳥居の外に出て電話で地元の知人に話を聴いてみた。


「言われてみれば沢山いたな。いつの間にかいなくなってたな」


 というのが共通の認識である。

 そして、いなくなった理由もいくつか返ってきた。統合するとこうなる。


「そこらへんに住みだした外国人が食料にした。神社の裏で焼いてた」


 そうですか。ですかですかと独り言をつぶやきながら携帯電話を懐にしまった。

 これはよろしくない。

 神社にまつわる土着話的なものを期待したつもりが、現実的な問題にぶつかりかけている。もう少し進むといわゆるヘイトなんとかになる可能性がある。ハトを食すのは文化の違いなので是非の問題ではないということは分かっているが、もう少し緩めの出口はなかったのか。こんな結論だとは思っていなかった。

 気まずい、というのが正直なところだ。

「鳥害を解決するなら外国人を呼べ!」とかツイッターで言ったら炎上しそうですらある。誰もが望まぬ、ハトですら望まぬ結論であった。


 やべえ、どうしよう。ハトなんか気にするんじゃなかった。少しうつむいて考えていると、後ろから肩を叩かれた。


「この神社って、アレですよね。確か全国的に有名になったことありますよね」


 三吉だ。


「たしか、ごん禰宜ねぎが未成年買春でつかまって」

「おいやめろ」

「フェイスブックで赤いランドセルの」

「やめろ」


 過去の不祥事を暴いたり人種問題に触れたいわけではない。

 一度目の取材で、早くもノンフィクション路線が暗礁に乗り上げていることをおれは自覚していた。

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