死んでみるくらいしかないんじゃないですかね

「で、おれはひとつ気がついたのだが」


 大皿に入ったインスタントコーヒーを山賊の宴会よろしくすすりながら、おれはやや大げさに話を広げようとした。


「はあ」


 いい加減笑い疲れたのか、三吉は特に興味なさげにティラミスを食べている。

 40歳過ぎの人間が、50歳越えた初老の元同僚に持ってくるお土産として妥当なものなのかどうかは分からないが、パクリ騒動で炎上したティラミスピーポーのティラミスは普通においしかった。


「小説を書くには、実体験がものを言うのである」


 やる気のない拍手が聴こえる。


「すなわち、船乗りの話を書くなら船乗りになればいいのである」

「その言い方だと、宇宙飛行士の話は宇宙飛行士以外に書けないということになりますが」

「そうですね、はい」


 おれは口を閉じた。想像力が足りないことをなんとかして言い訳しようとし、完全に説き伏せられたのである。気に食わない言い方だが、いともたやすく論破されたのだ。

 押し黙ったおれに同情したのか、三吉が話を続けた。


「けど土屋さん、50歳越えて大胆な実体験を踏むというのはなかなか難しいと思いますよ」

「入院はしたけどなあ」

「あとは警察につかまるようなことをするか、もしくは」

「もしくは、なんだ」


 三吉はわざとらしくため息をついた。


「まあ……死んでみるくらいしか……ないんじゃないですかね……」


 お前の言うことはあれか。

 死んで異世界とやらに行って女神様とかいうのにお願いし、ニートで冴えないぼくがチート能力でステータス画面がどうのこうのでレベル99で最強になってハーレムを形成し気に入らない奴をぶん殴るという自己中心的かつ排他的な展開をお望みか。


「転職したら男性社員はバカとザコとヘチマとカスとナマコばっかりで、相対的に仕事ができるように見えて女性社員に急にモテだすなんてことがあるわけないだろうが、この野郎。そんなふざけた会社は潰れてるわ」

「あの、自分の中で会話をして、結論だけをこちらにぶつけるのはやめてもらえませんか」

「それに関しては謝るが、そうか」


 話しながら思い当たったことがある。

 小説を書いても読んでもらえない、つまり面白くないものしか書けないということは、想像力の欠如が原因なのだ、おそらく。ならばその原因から目を逸らせばいいだけのこと。

 大事な問題を後回しにすることを特技としているおれから言わせてもらうと、これこそがキルミチ、活路であった。


「観察、近所、書く、神社、遺跡、移動」

「あの、なにもないところを見ながら単語だけを口に出すのもやめてもらえませんか。普通に怖いんですけど」

「近所の神社とか遺跡とか行って、そこにまつわる話とか調べて、なんか、そういう、それを、それで、いや、それこそが」


 三吉は立ち上がった。そろそろ帰ってくれるようだ。


「それもいいんじゃないですか。けど、それよりもっと楽にPV上げる方法がありますよ」


 別におれはPVを上げたいわけではない。

 いや、PVが上がれば嬉しいし、コメントなんか付けられた日には床を転げ回るほどではあるが、あくまで趣味で、自分の為に書いているのである。

 要は書ければどこのプラットフォームでもいいわけで、結果としていまだにカキヨミサイト上のハートと星のマークの違いすら理解していない。

 先のKAなんとかというコンテストで栄光の7PVを記録したケジラミのなけなしのプライドが「使いこなしてなるものか。愛着なぞ感じてたまるか」と静かに主張しているのだ。

 理解はしてないにせよ、それでも押していただいたハートのひとつひとつに

「つまらん」

「こいつの尿酸値上がれ」

「けどPVはもっと下がれ」

「アン肝喰ってのたうちまわれ」

 という意味が込められているわけではないな、くらいは分かっている。


 繰り返しになるが、あくまでも自分の為に、自分を満足させる為にのみ書いているのである。あるのだが。

 だが、それでも、どうしても楽にPVを上げる方法を教えたいのなら仕方ない、聞いてやるのもやぶさかではない。


「クリック代行サービスに頼めばいいんです」

「帰れ」

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