第2話 蝉

「あっちぃーーーーー…」

思わず声が出る。


暑い。暑すぎる。

口に運び途中だったアイスが、溶けてポタリと着ていたTシャツにぽたりと落ちた。


元彼・雅也とは2年前に別れたきり、1度も話していない。優里とは、目を合わせることすらなくなった。まだ、2年も前の中学生の恋愛を引きずっている私は、ほんとに馬鹿だ。



そんなブルーな思いとは裏腹に、

夏の日差しは日に日に強くなっている。

普段なら家にこもっているから

外の暑さなど関係ないのだが今日は特別だ。


夏休みも中盤にかかった8月の初旬。

なんと登校日なのである。

午後登校だから、それは、いいのだけれど、、

時計を見るともう13時!

13時半には着いていなければならないのに!

行きたくはないが仕方がない。

急いでカバンを持ち家を出る。



自転車のペダル猛回転させ、橋を渡り、

踏切を超えて…

よし、着きそう。高校の門が見えた。

よかったよかった。

自転車置き場に散々こき使った自転車を労りつつ留め、顔をあげた時、綺麗な綺麗な男の子がいた。




正確に言おう。

顔をあげた先の、渡り廊下に、

その男の子が見えたのだ。


なんとも端正な顔立ちである。

目はスっと切れ長で、口は小さく赤く、鼻は高く、だが大き過ぎず、程よく真ん中に配置されている。


あまりの美しさに見とれていた。

一瞬、女の子かと思ったくらい、本当に本当に彼は綺麗だった。



「おい!山本!あと五分で遅刻だぞ!」

上から急に声が聞こえて、我に返った。

担任が教室の窓から顔を覗かせている。

「ごめんなさい。すぐ行きます!」

返事を返し、その場を後にする。

綺麗な男の子のことは、もうすっかり頭の片隅に追いやられていた。




1年B組。

自分の教室を見つけ、ドアを思い切り開ける。

久しぶりに会った友人達に、声をかけながら席へと向かう。


自分の席にようやく着き、鞄を机の上に置くと、隣から声がかかった。


「おはよう、遥。久しぶり」

テニス部の美紀は相変わらずの黒さである。

「おはよ。焼けたねえ」

そう言うと、美紀の口がへの字に曲がった。

「そうなの。ほんとにもう嫌!華のJKなのにさぁ…」

最悪〜なんていいながら、美紀が部活を大好きなことを知っている。毎日毎日、部活に加えて朝と夜に自主練をしているのだ。本当に彼女は努力家なのだ。美紀はそれを認めようとはしないけれど。


そんな風に騒がしくしていると、さっき上から叫んでくれた担任が声を張る。

「おい!そろそろ座れ!」


その叫びを合図に、みんながいそいそと自分の席に戻って行く。

美紀は私の前の席だから、戻るのは簡単だ。


椅子を引きながら、美紀がふと、私の方を振り返る。

「そういえば、転校生くるらしいよ。始業式からだって。」

へえ。高一のこの時期に転校なんて、可哀想に。

「イケメンだといいね。」

そんな風に茶化しながら、2人でコソコソ話していたら、いつの間にかホームルームは終わっていた。



「美紀、かーえろ。」

そう言いながら、廊下に目をやると

職員室から今朝の男の子が出てきたのが見えた。

もしかして彼が転校生なのだろうか。



朝は思わなかったが、

顔をまじまじと見ると

どこかで見た気がするような…

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