第107話 チェンマイの夜 1
翌日はお昼過ぎごろに静子さんの工房に向かいました。
この工房は静子さんの自宅も兼ねているようでした。
そして、オームは住み込みで静子さんと一緒に暮らしているようです。
「トミーちゃん、おはよう。ちょうどさっき商品が工場から届いたところよ。早速検品する?」
「はい、では早速」
「オーケー、じゃあ今日は私が立ち会うわ」
ということで、静子さんと共に倉庫に行きます。
また2時間ほどかけて中田さんに貰った検品項目に従いチェックしますが、昨日同様に商品は完璧でした。
「静子さん、これでいいです。じゃあ僕は華僑バッグに詰めますので」
「そう、よかったわ。じゃあ後で受領書にサインしてね。パッキングが終わったらお茶にしましょう。その間にソンテウ(小型のバスみたいなもの)を呼んであげるから、それでカーゴ屋に荷物を運ぶといいわ」
荷物を華僑バッグに詰め終わって、静子さんの事務所に行きます。
オームが冷たいお茶と、タイスイーツを用意してくれていました。
静子さんがお茶を飲みながら話しかけます。
「トミーちゃん、昨日は野犬みたいだって言ったけど、それが本性というわけでもなさそうね。あなたはかなり真面目な子ね。どうして中田なんかとつるんでるのかしら?」
このころおそらく40代半ばくらいだった静子さんは、私のことはトミーちゃんと年下の男の子扱いするのですが、なぜか同い年の中田さんのことは呼び捨てにします。
「はあ、タイでいろいろお世話になっちゃって、そのまま仕事を手伝っているんです」
「ああそう。たしかに中田は意外と面倒見のいいところもあるんだよね。まあそれは多分、トミーちゃんが男だからだけどさ」
「そうなんですか?」
静子さんはちょっと苦々しい顔をして言います。
「中田は女の敵よ。あいつは女には人格を認めてないの。平気で暴力もふるうし、許しがたい男だわ」
・・・たしかに女性に手が早い人だけど、そこまで酷い人間ではないと思うけどなあ。。
「トミーちゃん、中田はあなたが思ってる以上のワルよ。女に対しては特にね」
「そういえば、中田さんは女性でも静子さんは苦手だって言ってましたよ」
静子さんは、ふん・・・と鼻で笑って言います。
「昔、中田がウチの子に手を出そうとしたとき、かなり痛い目に会わせてあげたからね。それ以来ここに来るのを敬遠しているのよ」
・・・かなり痛い目って、どんな目に会わせたんだろ?
「でも中田がトミーちゃんのことを気にかけているのは事実かもね。電話では余計なことは話さない中田が、トミーちゃんのことはやけに詳しく話していたもの」
「そうなんですか?」
「中田が自分の従業員のプロフィールを私に伝えたのなんか初めてよ。まあいいわ、それはともかく」
静子さんは受領書とペンを差し出しながら言いました。
「仕事が終わったら、しばらくはチェンマイで遊んでいくんでしょ?明日の晩はウチに来なさい。ご飯でも食べながらあなたの話を聞きたいわ」
・・・・
静子さんの手配してくれたソンテウで、荷物をカーゴ屋まで運び、インボイスを書いて発送の手続きを済ませます。
これで、今回の任務は完了。
さて、じゃあハメを外して遊ぶか!
とはいうものの・・具体的に何をしようか?
私は基本的に下戸なので、酒場の類にひとりで行くのはちょっと無理です。
ゴーゴーバーが何軒かあるのを見ましたが、イマイチ気が乗らない。
ひとまずホテルに戻ると、ホテル前で昨日も声をかけてきた若いトゥクトゥクのドライバーがまた声をかけてきました。
「お兄さん、今夜はどこで遊ぶんだい?いいところに案内するよ」
私は少し誘いに乗ってみようかなと考えました。
「いいところって、例えばどんなところがあるの?」
「女が欲しいかい?それならたくさんの女の子のなかから選べるぜ。気に入った子がいたら、このホテルに連れて帰ればいい」
タイは性産業が盛んで、それ目当てのツーリストが少なくないことは知っていましたが、ただその行為のみをお金で買うというのはもうひとつ気が乗りません。
「却下だ。もっと何かないの?ここでないと出来ない特別な遊びとか」
「お兄さん、遊び人だなあ。じゃあ多少お金がかかってもいいなら、クルージングやらないか?」
・・・クルージング?こんな山の中の街で?
「大きな湖があるんだ。そこに船を浮かべてね、ゴーゴーバーの女の子を5人ほど乗せて、屋台も乗せてプライベートなストリップを楽しみながらクルーズするのさ」
なるほど、これはようするに屋形船のお大尽遊びです。
「お金がかかるってどれくらい?」
「安くしておくよ。3時間のクルージングで10000バーツぽっきりだ」
・・・5万円ほどか(当時)。たしかに日本では考えられない値段だけど、それにしてもちょっと高いな。
「高い。8000バーツにしろよ」
「8000だって!?おいおい無茶言うなよ、お兄さん。んーん・・・わかった。女の子2人でいいなら8000にする」
「よし、乗った!」
こんなお馬鹿な遊びに8000バーツも使おうと思ってしまうあたり、やはり私は正気ではありませんでした。
もっとも好奇心旺盛なのは、正気でも同じでしたが。
「僕は明日の夜は用事があるから、夕刻には戻りたいな」
「じゃあ、正午に出発しよう。そうすれば夕刻には戻れるよ。明日はクルージングに行くとして、今夜はどうする?」
「今夜ねえ・・どうしようかな?」
「カラオケに行かないか?日本の歌もあるよ。女の子も居るし」
私はこの時間から少し遊ぶ程度なら、カラオケも悪くないかと思いました。
「いくら?」
「500バーツ」
「トゥクトゥク込みで?」
「サービスするよ、それじゃ行こうか。言い忘れたが俺はルアン」
「トミーだ。よろしく頼むよ」
私がルアンのトゥクトゥクに乗り込むと、車はターペー通りを旧市街方面に向かいます。
目的のカラオケ店は旧市街を少し入ったところにあるらしいです。
ターペー門をくぐって少し行ったあたりで、ルアンは突然停車して言いました。
「あ、トミー悪い。知り合いが歩いてるんだ。少し待って。オーン!待てよ」
道をひとりで歩いていた、髪を金色に染めた女の子が振り返ります。
オーンと呼ばれた女の子は、なかなかかわいらしい顔立ちですが、やや不良がかった風の娘です。
彼女はつまらなさそうな顔をして言いました。
「なんだ、ルアンか。何か用?」
「なんだってご挨拶だな。今頃どこに行くんだよ」
「別に。ただブラブラ歩いてただけよ。あんた仕事中でしょ?さっさと行きなさいよ」
私はルアンに尋ねました。
「誰、この子。ルアンの彼女かい?」
「まあ、そんなもんだよ」
オーンは大げさに手を振って言います。
「冗談じゃない。私がいつあんたの彼女になったのさ」
どうやらこれはルアンの片思いようです。
ここで私はちょっと悪戯心が出たというか、軽率な思い付きだったというか、とにかくこう言いました。
「ルアン、オーンも一緒にカラオケに連れて行こうよ」
「え、オーンを?」
「そうそう。それでルアンとオーンと僕の3人でカラオケ大会しよう。オーン、行くかい?」
オーンは私の方を向いてにんまりと笑って言いました。
「カラオケに連れてってくれるの?行く行く!」
「僕はトミーだ。さあ車に乗って」
オーンは私の隣の席に乗り込みます。
そして私にピッタリと体を寄せました。
ルアンは怪訝な表情ですが、それは無視します。
「よしルアン、カラオケに出発だ!」
こういう軽率な行動が、あとあと碌でもないことになるとは。。
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