第106話 ナイフを買う

「あ、はい。トミーです。中田さんの依頼した商品を受け取りに来ました」

とりあえず、簡単に自己紹介しました。


静子さんはまるで値踏みするように、私を上から下まで眺めてから言いました。


「トミーちゃん、あなた中田から聞いていたのとはイメージが違うわね」


「そうですか?いったいどんな風に聞いていたのですか?」


目をちょっと細めて静子が言います。


「あなた中田のボディガードしてたんでしょ?空手の達人だって聞いてたわ。空手の先生に命じられてスリランカで働いていたとも。私がイメージしていたのは飼い犬。ご主人様の命令で危険にでも飛び込んでいく忠犬」


「はあ・・。」


「でもあなたは違うわね。飼いならされていない野犬よ。飢えて痩せていて、誰にでも噛みつきそうな目をしている」


そのときの私は、初対面の人にそんなふうに思われるほど荒んだ目をしていたのでしょうか?


「まあいいわ。とにかく仕事ね。一度事務所に上がって」


そういうと静子さんは高床式の家の階段を上っていきます。

私はその後に着いて上っていきました。


家の中は広い板敷のスペースで、その中央にカーペットが敷かれ低くて大きなテーブルが置かれています。

事務所というより居間といった感じですが、テーブルの上に書類が散乱していて、電話が置かれているあたり事務所であることは間違いないでしょう。

「座って」

そう言うと静子さんは書類の山から一枚を取り出して、私の前に置きました。


「中田からの注文はこれ。間違いないわよね?」


私は自分が持ってきた書類と照らし合わせて確認します。


「はい、これで間違いありません」


「実は早く来てもらったのに悪いんだけど、今日はまだ半分しか出来てないの。残りは明日には届くと思うわ。半分だけでも検品する?」


「はい、そうさせてもらいます」


「そう。じゃあちょっと待って。オーム!バッグを10個ほど持ってきて」


しばらくするとオームと呼ばれた10歳くらいの少女が、ビニール製の大きな手提げバッグの束を運んできました。

バイヤーが仕入れた商品を運ぶのに使用するキャリーバッグ、通称・華僑バッグです。

見た目は単なるビニールバッグですがとても丈夫で、これひとつで大体20kg程度の荷物が運べます。


「トミーちゃん、検品が終わった商品はこれに詰めていって。倉庫にはオームが案内するわ」


オームに案内されて、事務所のある建物の隣にある少し小さめの建物に行きます。

オームは鍵を開けて、中に入ると着いてくるように指示します。


「これが中田さんの商品です、検品してください。私もここで一緒に確認します」


こんな子供がやはりきれいな英語を話し、しかも検品に立ち会うというのに驚きました。

おそらくは貧しい家庭の少女たちを働かせていると思われるこの工房ですが、静子さんは彼女たちにかなりの教育を与えているようです。


2時間ほどかけて念入りに検品を終えて華僑バッグに商品を詰め、オームと共に事務所に戻ります。


「静子さん、今日の分の検品終わりました。完璧です。何の問題もありませんでした。ありがとうございます」


「そう、ご苦労様。じゃあ、一休みしましょう。オーム、冷たいお茶となにかお菓子を持ってきて」


・・・・


一仕事終えてからトゥクトゥクで市内に戻ります、

ナイトバザール周辺でトゥクトゥクを降りて、少し歩くことにします。

夕刻から営業が始まるこの辺りの店も、ぼつぼつ開店をはじめていました。


少し歩くと、軍用品払い下げの店がありました。

入ってみると、軍服などが日本などに比べてかなり安く売られています。

あれこれ物色しつつ、店内の奥に進むとショーケースがあります。


そこにはたくさんのナイフが陳列されていました。


・・・これはすごいなあ。護身のためなら、空手なんかよりよほど役に立ちそうだ。


日本では絶対に銃刀法に引っかかりそうなナイフがたくさん売られています。

アーミーナイフの類はもちろんですが、ネパールのククリなどもあります。

柄の部分が棘の着いたブラスナックル(いわゆるメリケンサック)になっていて、刃が逆刃になっている、どう見ても人殺し以外に使用目的が無いナイフも売られていました。

それらは値段もそれなりのものですし、第一に日本に持ち込めそうもありませんので見るだけに留めました。


・・・おや?これは


ショーケースの上にあるペン立てのようなものに、スラリと細身のナイフが十数本ほど入っています。

手に取ってみると、それはステンレス製の美しいナイフですが、刃が着いていません。

これはペーパーナイフです。

値段も手ごろだったので、このナイフを1本求めてカーゴパンツのポケットに放り込みました。


後になって思えば、このときペーパーナイフを購入したのも、私の第六感が働いたせいなのかもしれません。

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